第17話 次はミラ
午前中。
俺とセインは、王都北側にある古い宿へ来ていた。
二階の一番奥。
元傭兵の男が暮らしている部屋だ。
扉を叩くと。
「開いてる」
中から声がした。
俺たちが入ると。
五十代くらいの男が寝台に座っていた。
短い髪には白いものが混じっている。
腕には、古い傷がいくつもあった。
「拾遺局です。少し話を聞かせてもらってもいいですか?」
セインが説明する。
男は面倒そうな顔をしたものの。
追い返しはしなかった。
「存在値1だって?」
俺が聞く。
「ああ」
男は笑った。
「昨日、宿の主人に名前を聞かれたよ。十年以上ここにいるのにな」
笑っているけど。
声はあまり楽しそうじゃなかった。
部屋には。
昔使っていたらしい革鎧。
短剣。
古い依頼書が何枚か残っていた。
俺とセインは。
男から昔の仕事について聞きながら、書類を確認していく。
所属していた傭兵団は、もうない。
昔の仲間も。
今どこにいるのか分からない。
それでも。
一枚だけ。
使えそうな記録が見つかった。
十五年前の護衛依頼。
王都へ向かう商隊を。
山道で護衛した時のもの。
依頼書には。
元傭兵の名前。
そして。
依頼主だった商人の名前が残っている。
「この人、今もいる?」
俺が聞くと。
セインが持ってきた名簿を確認した。
「王都で店をやってます」
まだ会える。
俺たちは元傭兵を連れて。
その商人の店へ向かった。
昼前。
大通りから少し入った場所にある、小さな雑貨店。
店主は。
連れてきた男の顔を見ても。
最初は首を傾げた。
「すみません。どちら様でしたっけ」
元傭兵は何も言わなかった。
少しだけ。
顔が固くなる。
セインが十五年前の依頼書を見せる。
「この護衛について覚えていませんか?」
店主が紙を見る。
「十五年前……」
山道。
商隊。
崖崩れ。
当時のことを、一つずつ確認していく。
すると。
店主の顔が変わった。
「あ……」
元傭兵を見る。
「もしかして、お前……あの時の?」
男も店主を見る。
「遅いよ」
「いや、すまん。本当に……全然出てこなかった」
そこから。
二人は昔の話を始めた。
崖崩れが起きる前に。
元傭兵が道の異変に気づいたこと。
遠回りを選んだせいで、商隊が巻き込まれずに済んだこと。
店主は。
少しずつ思い出していた。
名前も。
最後には自分から呼んだ。
俺とセインは。
少し離れたところで、その様子を見ていた。
「これで上がるかな」
俺が小声で言う。
「分かりません。でも、確認してみる価値はあります」
午後。
元傭兵は近くの測定所で、もう一度存在値を測った。
表示された数字。
『2』
「……上がった」
たった1。
でも。
確かに上がった。
元傭兵も。
しばらく数字を見ていた。
「二か」
少し笑う。
「昨日より倍だな」
「そう考えるとすごいな」
俺も笑った。
0になる前に。
間に合った。
ガルドの時にはできなかったことを。
今回は。
少しだけできた気がした。
普通に嬉しかった。
そのあと。
俺とセインは元傭兵と別れた。
時計を見る。
予定より時間はかかっていた。
でも。
まだ夕方前。
「分室に戻って、次の住所確認してからミラのところ行くか」
俺が言う。
「そうしましょう」
俺たちは南門拾遺分室へ戻った。
扉を開く。
朝使った机を見る。
一枚の書類が残っていた。
「あ」
俺は思い出す。
「次、ミラだな」
書類を取る。
向かいで鞄を置いていたセインが。
俺を見た。
「……ミラ?」
「うん」
返事をしてから。
違和感に気づいた。
セインが。
本当に分からない顔をしている。
「誰です?」
俺の手が止まった。
「誰って……朝、一緒に見ただろ」
書類を開く。
『ミラ』
四十六歳。
洗濯場勤務十二年。
存在値3。
朝。
俺とセインは。
この紙を机に並べて。
元傭兵とどちらから行くか話した。
「これだよ」
俺は書類を見せた。
セインも読む。
名前は読める。
内容も読める。
でも。
しばらく見たあと。
首を振った。
「……すみません。覚えてないです」
「朝のことも?」
「この書類について話した記憶がないです」
俺は。
もう一度。
『ミラ』
という文字を見る。
紙には残っている。
でも。
セインの中から。
その人だけが抜けている。
ガルドの時と。
同じ。
背中が冷たくなった。
「……0になった」
俺が言う。
セインが顔を上げた。
「誰がです?」
その言葉で。
嫌でも分かった。
俺たちは。
間に合わなかった。




