第16話 順番
存在値が4になってから、一週間ほど経った。
朝。
俺はいつものように南門拾遺分室へ来ていた。
最初はセインに呼ばれた時だけ来ていたけど。
最近は、仕事がありそうな日は朝から顔を出すことが増えている。
「アルトさん、こっちお願いします」
入口近くの机から職員に呼ばれる。
渡されたのは、持ち主の分からない古い鞄だった。
一通り見る。
何も感じない。
「分からないです」
「早いですね」
「分からないものは分からないので」
《残響》があれば何でも解決できる。
そんな便利な話ではなかった。
ガルドの《残響》なら、荷車や荷物の異常に気づくことがある。
ベルクから残ったらしい《残響》なら、人が何を手放したくないのかに気づくことがある。
それ以外は。
普通に調べるしかない。
でも。
それでいいと思っている。
俺の力だけで全部分かるわけじゃない。
気づいたことを、調査のきっかけにする。
最近は、その使い方にも少し慣れてきた。
「アルトさん」
今度は奥からセインに呼ばれた。
見ると。
小さな机の上に、二枚の調査書類が並べられている。
「今日は、いつもの持ち主不明品とは少し違います」
俺はセインの向かいに座った。
「何するの?」
「存在値がかなり低くなっている人の調査です」
俺は二枚の紙を見る。
拾遺局は、誰かが0になった後だけ動くわけではないらしい。
存在値が極端に低くなった人については。
まだ周りの人がその人を覚えているうちに、家族や知人、仕事の記録を確認することもある。
昔の知人と会ったり。
途切れていた関係が戻ったことで。
存在値が上がることもあるらしい。
トーマの時と似ている。
0になってからでは遅い。
だから。
その前にできることを探す。
「今日は、この二件です」
セインが一枚目を俺の前へ動かした。
名前は。
『ミラ』
四十六歳。
王都の洗濯場で、十二年間働いている女性。
現在の存在値は。
『3』
「最近、仕事場で名前を聞き返されることが増えているそうです」
セインが資料を指す。
同じ洗濯場で何年も働いている人からも。
ミラが担当していた仕事を忘れられることが出てきているらしい。
「本人は?」
「普通に働いてます。今のところは」
次。
もう一枚。
五十代の男。
元傭兵。
現在の存在値。
『1』
「1か」
ガルドを思い出した。
元傭兵は、今は王都北側の宿で暮らしている。
昔は商隊の護衛をしていたらしい。
資料には。
山道での護衛記録。
所属していた傭兵団。
過去に一緒に仕事をした商人。
ミラよりも、昔の記録がいくつか残っている。
「人手が足りないので、今日は俺たちで二件回ります」
セインが言った。
「二件とも?」
「はい。一件を午前。もう一件を午後」
問題は。
どちらから行くか。
俺は二枚の紙を見る。
ミラは3。
元傭兵は1。
「1の方からじゃない?」
俺が言う。
セインもうなずく。
「俺もそう思います。ただ、3だから安心というわけでもないです」
「一気に下がることもある?」
「あります。低い人は、何か一つ関係が切れただけで急に下がることもあるので」
それでも。
今の数字だけなら。
1の方が危ない。
それに。
元傭兵の方には、昔の仕事仲間につながりそうな記録もある。
助けるための手がかりが見えている。
対して。
ミラの資料にあるのは。
十二年間働いている洗濯場の情報が中心だった。
俺ができることも。
元傭兵の方が多そうに見えた。
「じゃあ、午前はこっち」
俺は元傭兵の紙を取った。
「午後にミラ」
「分かりました」
セインが二枚の書類を鞄に入れる。
判断としては。
別におかしくないと思った。
存在値1を先にする。
それだけだ。
ただ。
分室を出る前。
俺はもう一度、二枚の紙を見た。
元傭兵の方は。
どう調べればいいか。
なんとなく想像できる。
ミラの方は。
まだ。
よく分からなかった。




