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第14話 ベルク

翌朝。


俺とセインは、王都の西側にある古い集合住宅へ来ていた。


二階の一番奥。


その部屋の扉には、


『帰属確認中』


と書かれた紙が貼られている。



昨日、拾遺分室で渡された調査依頼。


ベルクという男が住んでいた部屋だ。



「ここですね」


セインが鍵を開ける。



ベルクは数日前に亡くなっている。


死亡した記録は残っていた。


ただ。


そのあと。


ベルクと仕事をしていた人も。


近所に住んでいた人も。


ベルク本人のことを思い出せなくなったらしい。



残っているのは。


名前が書かれた書類と。


この部屋だけ。



俺たちは中へ入った。



ガルドの家より少し広い。


寝台。


机。


棚。


壁には、仕事用らしい黒い上着が掛けられている。



「まずは仕事関係の記録を見ます」


セインが机へ向かった。


「俺は棚見る」


「お願いします」



今回調べるのは。


ベルクがどんな仕事をしていたのか。


どんな物を残したのか。


そして。


ベルクという名前を、この部屋や仕事の記録と結びつけられる物があるかどうか。



ガルドの時には。


死んだあと、俺に《残響》らしいものが残った。



でも。


ベルクでも同じことが起きるのか。


そもそも。


誰からでも《残響》が残るのか。



まだ何も分からない。



俺は棚から書類を取り出した。



税金の記録。


借金の記録。


家財の一覧。



似たような紙が何枚も出てくる。



その頃。


机を調べていたセインが、一冊の手帳を見つけた。



「アルトさん、これ」



俺も机の横へ行く。



手帳には。


日付。


相手の名前。


回収した金額。



その横に。


短いメモが書かれていた。



『指輪を気にしている』


『机の鍵を隠した』


『工具箱には触れられたくない』



「何だこれ」


俺がページをめくる。



次。



『相手が最初に見る物を覚える』



さらに。



『取られたくない物の前に立つ』



その次。



『金がないと言う奴ほど、守る物を持っている』



だんだん意味が分かってきた。



ベルクは。


取り立てをする相手が。


何を一番失いたくないのか。



それを見ていたらしい。



「これ、取り立てに使ってたってこと?」


俺が聞く。


セインも手帳を読む。



「そうみたいですね」



さらにページをめくる。



『一番嫌がる物から触れば話が早い』



俺は手帳を閉じた。



「性格悪いな」


「評判が悪かった理由は、なんとなく分かりますね」



ベルクがやっていた仕事自体は必要だったんだと思う。



税金を払わない人。


借金を返さない人。



誰かが回収しないといけない。



でも。


ベルクはそれだけじゃない。



相手が嫌がる物を探して。


わざとそこを突いていた。



昨日見た苦情にも。



『支払いを待ってほしいと頼んだが、家財を持ち出された』


『子供の前で大声を出された』


『必要以上に威圧された』



と書かれていた。



「ガルドとは、だいぶ違うな」


俺が言う。



セインが別の書類を整理しながら答える。



「存在値が低い人が、みんな善人なわけじゃないですからね」


「まあ、そりゃそうか」



当たり前だ。



存在値と。


性格の良し悪しは別。



なのに。


ガルドのあとだったから。


俺は少し勝手なイメージを持っていたらしい。



しばらく調べていると。


机の一番下の引き出しから、一通の手紙が見つかった。



差出人は女性。



内容を見る。



どうやら。


ベルクの娘らしい。



『もう家には来ないでください』



『仕事場にも来ないで』



『これで最後にします』



短い手紙だった。



「娘にも嫌われてたのか」


俺が言う。



セインは手紙をもう一度見る。



「何があったかまでは分かりませんね」


「ああ」



この一通だけで。


親子の事情を全部決めつけることはできない。



俺は引き出しの奥を探す。



そこで。


小さな赤い紐が出てきた。



子供が髪を結ぶ時に使うような。


安い紐。



一緒に。


小さな紙が入っている。



ベルクの字だった。



『娘のもの』



その下。



『捨てる』



俺は赤い紐を見る。



「……捨ててないじゃん」


セインも覗き込む。



「かなり古そうですね」


「ああ」



何年も前に。


捨てると書いた。



でも。


ベルクは最後まで持っていた。



だからといって。


ベルクが本当は優しい父親だった。



なんて話にはならない。



娘から。


もう来るなと言われていた。



取り立てでは。


人が嫌がるところを狙っていた。



それも全部。


ベルクだ。



ただ。



捨てると決めたのに。


捨てられなかった物もあった。



「よく分からない人ですね」


セインが言う。



「人って、そんなもんなんじゃない?」



俺自身。


人を助けるのは嫌いじゃない。



でも。


感謝されなかったら。


一言くらい言えよと思うこともある。



それと同じにしていいのかは分からないけど。



一つの言葉だけで。


人間全部を説明するのは難しいらしい。



昼過ぎ。


調査を終えた俺たちは、南門拾遺分室へ戻った。



セインはベルクの手帳や手紙を、奥の机にいる職員へ渡す。


俺は入口近くの長椅子に座った。



今日は。


《残響》らしいものは何もなかった。



ガルドの時と同じことが起きると思っていたわけじゃない。



それでも。



少しくらい期待していた。



「今回は何もなしか……」



小さく呟く。



その時。



入口近くの受付から、女性の声が聞こえた。



「私は、何もいりません」



顔を上げる。



四十歳くらいの女性が、職員と向かい合って座っていた。



二人の間にある机には。


古い裁縫道具が並べられている。



針。


糸。


木箱。


裁ちばさみ。



別の拾遺案件らしい。



職員が女性に確認する。



「こちらの道具は、すべて分室で預かっても大丈夫ですか?」


「はい」


女性がうなずく。



「昔、同じ工房で働いていただけですから。私だけ持って帰るのも違うと思うので」



俺は。


特に気にせず、横を通り過ぎようとした。



その時だった。



女性が。


ほんの一瞬。



裁ちばさみを見た。



それだけ。



なのに。



俺の足が止まった。



「……ん?」



もう一度。


女性を見る。



次に。


机の上の裁ちばさみを見る。



女性は。


全部いらないと言った。



でも。



なぜか。



あの裁ちばさみだけは。



手放したくない。



そう思った。



理由は分からない。



ただ。



妙にはっきりと。


そう感じる。



俺は受付へ近づいた。



「すみません」


女性がこちらを見る。



俺は。


机の上の裁ちばさみを指した。



「それも、本当にいらないんですか?」



女性の表情が止まった。



さっきまで。


迷わず答えていたのに。



今は。


裁ちばさみを見たまま。


黙っている。



俺も。


その反応を見て確信した。



今の。



偶然じゃない。



でも。



荷車の時とも違う。



これは。



ガルドの《残響》じゃない。

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