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第13話 初仕事

三日後。


俺は、南門から少し離れた通りにある小さな建物に来ていた。


看板には、


『南門拾遺分室』


と書かれている。



「これ、持っててください」


セインから木札を渡された。


『臨時協力員』


そう書いてある。



「なんか急に働いてる感あるな」


「働くんですよ」


「正式採用じゃないんだろ?」


「そこまで話進んでませんよ」



ガルドの家を調べたあと。


セインから、拾遺局の仕事を手伝ってみないかと誘われた。



正式に職員になるわけではない。


人手が必要な日に呼ばれて、その日だけ仕事を手伝う。


報酬も出る。



そして何より。


この仕事なら、《残響》について調べられるかもしれない。



俺としては、断る理由がなかった。



「で、今日は何するんだ?」


俺が聞くと、セインは机の上に置いてあった一枚の紙を取った。



「工房の調査です」



紙には、南門近くの住所が書かれている。



今朝。


その場所にある革工房について、


『ここで誰が働いていたのか分からない』


という報告が入ったらしい。



工房そのものは残っている。


道具もある。


商品もある。



でも。


そこで働いていた人間だけが分からない。



ガルドの家と同じだ。



「名前とか探せばいい?」


「まずはそれですね。ただ、名前だけ見つけても終わりじゃないです」


セインは紙を鞄に入れながら説明した。


「その名前の人が、本当にそこで働いていたと分かる記録も必要です」


「名前が書いてあるだけじゃ駄目なの?」


「駄目です。名前が残っていても、それが誰を指していた名前なのか分からなくなることがありますから」


「……面倒だな」


「だから仕事になるんですよ」



その言葉。


前にも聞いた気がする。



俺たちは分室を出て、工房へ向かった。



工房は歩いて十分ほどの場所にあった。


狭い店の奥に作業場が続いている。



壁には革が掛けられ。


作業台の上には、刃物や針が並んでいた。



普通に見れば。


今でも誰かが働いていそうな場所だった。



ただ。


店の入口には拾遺局が貼った紙がある。



『帰属確認中』



「じゃあ、探しますか」


セインが袖をまくった。



俺も作業台の反対側へ回る。



机の引き出し。


棚の中。


道具箱。



名前が書かれた物がないか、一つずつ確認していく。



ついでに。


《残響》も試してみた。



作業台を見る。


革を見る。


刃物を見る。



何も分からない。



「……まあ、そうだよな」



ガルドは革職人じゃない。



荷車や門ならともかく。


革の良し悪しまで分かるわけがない。



しばらくすると。



「ありました」


作業台の向こうからセインの声がした。



セインがしゃがみ込み、台の下から薄い帳面を引っ張り出している。



俺も横へ行く。



帳面には、日付と注文内容が細かく書かれていた。



『革靴 二足』


『鞄 修理』


『ベルト 四本』



さらに後ろのページには、材料を買った店の名前。


そして。



『受取 ハイム』



という名前が何度も残っていた。



「ハイム?」


「たぶん、この工房で働いていた人ですね。ただ、これだけだとまだ弱いです」



セインは別の棚から仕入れの伝票を探した。



しばらくして。



『革工房ハイム』


と書かれた古い納品書が見つかった。



住所も、今いる工房と一致している。



セインが二つの書類を並べた。



「これなら大丈夫です」


「何が?」


「ハイムという人が、この場所で革工房をやっていた。その記録として残せます」



なるほど。



俺は帳面を見る。



ハイム。



顔も知らない。


どんな声だったかも知らない。



でも。



少なくとも。


ここで働いていた人間がいたことは分かった。



初仕事。


終了。



「……俺、ほぼ何もしてなくない?」


工房を出ながら言う。



セインが笑った。


「初日なんてそんなものですよ」


「もっと俺にしかできない感じを期待してた」


「急に主人公みたいなこと言いますね」


主人公なんだよ。


たぶん。



工房で確認した物を、外に停めてある拾遺局の荷車へ積む。



俺が工具箱を持ち上げた時だった。



荷車の右側。


車輪の近くにある金具が目に入った。



「……待って」



工具箱を地面へ戻す。



セインが振り返った。


「どうしました?」



俺は車輪の横にしゃがんだ。



車軸を固定している金具。


ほんの少しだけ。


外へ浮いている。



触ってみる。



ぐらついた。



「これ、このまま走らせない方がいい」


「え?」



セインも横にしゃがむ。



金具を見せる。



「抜けかけてる」


「これが抜けたら?」


「たぶん、走ってる途中で車輪が外れる」



言ってから。


俺自身が止まった。



どうして分かった?



俺は荷車の整備なんてしたことがない。



でも。


さっき見た瞬間。


危ないと分かった。



セインも気づいたらしい。



「《残響》ですか?」


「……たぶん」



工房の中では何も分からなかった。



でも。


荷車なら分かった。



何十年も南門で荷車を見続けた。



ガルドの見方。



それが。


また使えた。



「便利ですね」


セインが言う。



「だろ?」



ちょっと嬉しい。



金具を直してもらってから、俺たちは南門拾遺分室へ戻った。



分室に着くと。


セインは工房で見つけた帳面と納品書を、奥の机にいる職員へ渡した。



俺は入口近くの椅子に座って待つ。



今日の仕事は、これで終わりらしい。



さて。


帰るか。



そう思って立ち上がったところで。



セインが別の紙を持って戻ってきた。



「アルトさん、明日も空いてます?」


「仕事?」


「はい。次の調査です」



セインが持っていた紙を俺へ渡す。



拾遺局に届いた、新しい調査依頼だった。



一番上には。


調べる人間の名前。



『ベルク』



その下に職業。



『徴税・債権回収』



税金や借金を払えなくなった人のところへ行き。


金や財産を回収する仕事らしい。



「この人も忘れられてるの?」


「はい。数日前に亡くなったそうです。ただ、その後ベルク本人を覚えている人が見つかっていません」



つまり。


ガルドと同じように。


人だけが世界から抜け落ちた。



俺は次の紙をめくる。



そこには。


ベルクが生前に受けた苦情が残っていた。



『支払いを待ってほしいと頼んだが、家財を持ち出された』



次。



『子供の前で大声を出された』



さらに。



『必要以上に威圧された』



まだある。



「……何したんだ、この人」



俺が顔を上げる。



セインが苦笑した。



「かなり嫌われてたみたいですね」



昨日まで調べていたガルドとは。



だいぶ違う人らしい。

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