幕間 84点
今回は少しだけ本編を離れて、
今のアルトが元の世界でどんな人間だったのかを描く幕間です。
英雄でも、不幸な主人公でもなく、
良いところも格好悪いところもある普通の25歳。
少しだけ、アルトのことを知ってもらえたら嬉しいです。
幕間 84点
高校二年の時。
数学のテストで84点を取った。
答案を返された時、俺は普通に嬉しかった。
平均よりかなり高い。
家に帰ったら、母親にも自慢できるくらいの点数だ。
隣の席の友達が答案を見せてきた。
96点。
「お前何点?」
「84」
「高っ」
「お前に言われたくないわ」
俺が96点を指差すと、友達が笑った。
「今回めっちゃ勉強したからな」
「じゃあ100取れよ」
「お前性格悪いな」
「96点様には勝てませんよ」
そんなことを言いながら、俺も笑った。
別に。
友達が嫌いになったわけじゃない。
むしろ普通にすごいと思った。
でも。
さっきまで嬉しかった84点が、少しだけ微妙な数字に見えた。
「まあ、俺そんな勉強してないし」
気づけば、そんなことも言っていた。
実際、そこまで勉強していなかった。
だから嘘ではない。
でも。
もし本気で勉強して。
それでも84点だったら。
たぶん、もっと悔しかった。
だから。
本気じゃなかったことにしておいた。
その方が楽だった。
俺は別に、暗い高校生ではなかった。
友達もいた。
部活にも入っていた。
授業中に寝て怒られたこともあるし、テスト前日に慌てて勉強することも多かった。
文化祭の準備では。
「俺今日予定あるから帰るわ」
と言った友達に。
「ふざけんな、お前の担当だろ」
と文句を言いながら。
結局、そいつの分まで手伝った。
作業が終わった時には、外は暗くなっていた。
「俺、優しすぎない?」
隣にいた友達へ言う。
「自分で言うな」
「いや、これは言っていいだろ」
「じゃあありがとう」
「最初からそれ言えよ」
別に。
本気で感謝が欲しくて手伝ったわけじゃない。
困っていたから手伝った。
それは本当。
でも。
ありがとうと言われたら。
ちゃんと嬉しかった。
何年か経って。
俺は大学を卒業して、会社員になった。
二十五歳。
仕事にも、それなりに慣れていた。
会議で一度、自分から案を出したことがある。
仕事の進め方を少し変えれば、今より効率が良くなるんじゃないか。
そんな内容だった。
上司は少し考えて。
「今はそこまでしなくていいかな」
と言った。
「分かりました」
俺も普通に答えた。
出した案が通らないなんて、珍しいことじゃない。
だから。
その時はそれで終わった。
数週間後。
先輩が、会議でよく似た案を出した。
完全に同じではない。
でも。
かなり近かった。
すると上司は。
「それいいね。やってみよう」
と言った。
周りも賛成した。
俺も。
「いいですね」
と笑った。
先輩が俺の案を盗んだわけじゃない。
上司だって、俺が前に話したことを忘れていただけかもしれない。
誰も悪くない。
それは分かっていた。
でも。
普通に悔しかった。
俺が言った時は駄目だったのに。
とは思った。
帰りの電車でも、少し引っかかっていた。
でも。
そんなことでずっと不機嫌になるのも格好悪い。
「まあ、俺の伝え方が悪かったんだろ」
そう考えることにした。
たぶん、それも間違いじゃない。
ただ。
悔しくなかったわけでもない。
大学時代の友達から、夜中に電話が来たこともある。
仕事で失敗したらしい。
最初は。
「お前それ普通にやらかしてんじゃん」
なんて笑っていた。
でも。
話を聞いているうちに、本気で落ち込んでいるのが分かった。
そこからは、あまりふざけなかった。
一時間くらい話した。
最後に。
友達が言った。
「なんか、お前だから電話したわ」
俺は少し黙った。
その言葉が。
思っていたより嬉しかった。
たぶん。
その日、一番嬉しかった。
でも。
「気持ち悪」
と返した。
「お前ほんとそういうとこあるよな」
「知らんわ」
電話を切った。
そのあと。
しばらくスマホを見ていた。
お前だから。
他の誰かじゃなくて。
俺だから。
そう言われたのが。
妙に嬉しかった。
考えてみれば。
昔からそんな感じだった。
勝てば嬉しい。
負ければ悔しい。
褒められれば嬉しい。
でも。
褒められたくて頑張ったと言うのは、少し格好悪い気がする。
人を助けるのは嫌いじゃない。
ただ。
何も言われなかったら。
ありがとうくらい言えよ。
とも思う。
頼られれば嬉しい。
でも。
毎日頼られたら。
自分でやれよ。
とも思う。
たぶん。
そんなに立派な人間ではなかった。
でも。
ものすごく嫌な奴でもなかったと思う。
普通だった。
一度。
少しだけ入りたい会社を見つけたこともある。
募集要項を何度も読んだ。
俺の経歴でも。
絶対に無理というほどではなかった。
でも。
応募しなかった。
「今の会社も悪くないし」
そう思った。
それも本当だった。
ただ。
本気で行きたくて応募して。
普通に落とされたら。
結構へこむだろうな。
とも思っていた。
だから。
応募しない理由はいくらでも作れた。
こういうところは。
高校の頃から、あまり変わっていなかった。
それでも。
俺の人生は、別に悪くなかった。
家族がいた。
友達がいた。
彼女がいた時期もあった。
仕事終わりにラーメンを食べて。
「今日の俺、これ食うために働いたわ」
と本気で思った日もあった。
誰にも必要とされていなかったわけじゃない。
俺が休めば困る人もいた。
俺がいなくなれば、寂しいと思ってくれる人もいたと思う。
死んだ日も。
普通の日だった。
仕事を終えて、駅から家へ歩いていた。
腹が減っていた。
コンビニで弁当を買うか。
少し遠回りして、ラーメンを食べるか。
しばらく迷った。
結局。
ラーメンにした。
信号が青になる。
俺も横断歩道へ出た。
真ん中まで来た時。
誰かが叫んだ。
右を見る。
車。
速い。
ブレーキの音。
クラクション。
避けなきゃ。
そう思った。
身体が動くより先に。
ものすごい衝撃が来た。
足が地面から離れた。
空が見えた。
次に、背中から地面へ叩きつけられた。
息ができない。
誰かが走ってくる。
声が聞こえる。
でも。
だんだん遠くなっていく。
最後に考えたことは。
家族でも。
仕事でも。
人生でもなかった。
ラーメン。
食べたかったな。
それだった。
二十五年。
悪い人生じゃなかった。
楽しかった。
友達もいた。
必要としてくれる人もいた。
それでも。
俺はたぶん。
「お前だから」
という言葉に。
昔から少し弱かった。
自分がここにいることを。
他の誰でもなく。
自分がいる意味を。
分かりやすく感じられたから。
次話から、また本編へ戻ります。
《残響》を手にしたアルトが、
ここから何を見つけていくのか。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
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