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第12話 残響

次の日。


俺はセインと一緒に南門へ来ていた。



今日はガルドについて調べるためじゃない。



俺自身に何が起きているのか。


それを確かめるためだ。



ガルドが死んでから。


俺は二回、妙なことを経験した。



一度目。


壊れかけた荷車を見ただけで、車輪の異常に気づいた。



二度目。


ガルドの家で、小さな傷を見ただけで隠し箱を見つけた。



どちらも。


前の俺なら気にも留めなかったものだ。



そして。


どちらも。



ガルドなら気づきそうなものだった。



「ガルドさんが得意だったことを、アルトさんもできるようになった」


セインが言う。


「今のところは、そんな感じ」


「でも昨日、南門で試した時はできなかったんですよね?」


「ああ」



だから。


まだ能力と呼べるのかも分からない。



好きな時に使えなければ。


役に立つとは言いにくい。



「とりあえず、もう一回やってみる」


俺は門の方を見る。



荷車が一台やってくる。



見る。



車輪。


馬。


荷物。



何も分からない。



次の荷車。



これも普通。



「駄目ですか?」


「今のところ」


「条件があるんですかね」


「それが分かったら苦労してない」



三台目。



やっぱり分からない。



ただ。



昨日までとは一つ違うことがあった。



昨日。


俺はガルドの人生を少し知った。



兵士だったこと。



戦場で逃げたこと。



妻のエナがいたこと。



妻の世話に疲れて。


一度は、いなくなれば楽だと思ったこと。



それでも。


次の日には薬を買ったこと。



弟に罪を被せたこと。



そして。



ロクという大切だったはずの人を、最後には忘れてしまったこと。



存在値が低い門番。



それだけじゃない。



ガルドという一人の人間を。



昨日までよりは。



少しだけ知っている。



そんなことを考えていた時だった。



門の外から、大きな荷車が近づいてきた。



何段もの樽が積まれている。



その横を、小さな子供が走っていた。



俺は何気なく荷車を見る。



その瞬間。



一か所だけ。


妙に気になった。



樽を固定している縄。



一部分だけ、他より白くなっている。



よく見ると。


何度も擦れて、かなり細い。



このままだと。



切れる。



そう思った。



「止まれ!」



気づけば叫んでいた。



御者が驚いて手綱を引く。



でも。



俺はもう走っていた。



子供の腕を掴んで引き寄せる。



「え?」



次の瞬間。



バンッ!



縄が切れた。



積まれていた樽が崩れる。



一つ。


二つ。



さっきまで。


子供が立っていた場所へ落ちた。



大きな音が響く。



周りの人たちが固まる。



「……危ねえ」



誰かが呟いた。



俺も。


すぐには動けなかった。



でも。



今のは分かった。



なんとなくじゃない。



縄が擦れている。


細くなっている。


もうすぐ切れる。



それを。



見た瞬間に理解した。



「アルトさん」


セインが駆け寄ってくる。


「今のも?」


「ああ」



間違いない。



昨日までの俺なら。


あの縄を見ても。



ただの縄としか思わなかった。



俺は。


荷物の縄を毎日見てきたわけじゃない。



でも。



ガルドは違う。



何十年も南門に立って。



荷車を見た。



荷物を見た。



馬を見た。



人を見た。



危ない場所を探し続けていた。



その経験の一部を。



なぜか今。



俺が使っている。



子供の母親らしい人が駆け寄ってきた。



「ありがとうございます。本当に……!」



何度も頭を下げられる。



「いえ……」



返事はした。



でも。



頭の中は別のことでいっぱいだった。



これは。



何なんだ。



セインも同じことを考えていたらしい。



「ガルドさんの記憶が、アルトさんの中に入ったんでしょうか?」



俺は少し考える。



でも。



それは違うと思った。



「いや」



俺はエナの顔を知らない。



ロクの声も知らない。



戦場でガルドが何を見たのかも。



思い出せない。



もしガルドの記憶を受け取ったなら。


そういうものまで分かるはずだ。



でも。



俺にあるのは、それじゃない。



「ガルドの記憶が残ってるわけじゃない」


俺は言う。


「じゃあ何なんでしょう」


「たぶん……」



倒れた樽を見る。



「ガルドが、どうやって物を見てたのか」


「見方?」


「ああ」



荷物のどこを見れば危険が分かるのか。



馬のどこを見れば異常が分かるのか。



何十年も繰り返して。



ガルドの中に染みついたもの。



その一部だけが。



俺の中に残っている。



そんな感じがした。



セインが少し考える。



そして。



「残響みたいですね」


と言った。



「残響?」


「音が消えたあとも、少しだけ残るものです」



俺は倒れた樽を見る。



ガルド本人はもういない。



声も聞こえない。



記憶もない。



でも。



あの爺さんが何十年も積み重ねたものだけが。



少し。



俺の中に残っている。



「《残響》」



口にしてみる。



悪くない。



「それでいく」


「もう決めるんですか?」


「名前があった方が便利だろ」


「まあ、それはそうですけど」



正直。



かなり嬉しかった。



異世界に来て。



魔法も使えない。



剣も振れない。



存在値はたった1。



そんな俺に。



初めて。



自分だけの力らしいものができた。



《残響》。



もっと使いこなせるようになれば。



できることも増えるかもしれない。



そう考えると。



普通にわくわくした。



その時。



セインが、俺の腰にある手帳を見た。



「そういえば、ガルドさんの最近の記録は確認しました?」


「最近?」


「昨日は昔の資料ばかり読んでましたよね」


「……確かに」



俺たちは。



ガルドがどんな人生を送っていたのかを知るために。



昔の記録から順番に見ていた。



だから。



死ぬ少し前のページは。



まだほとんど確認していない。



俺は手帳を開いた。



最近のページから見ていく。



そこには。



俺の記録が何度か出てきた。



『アルト 値3』



さらに後。



『アルト 値1』



俺がこの世界へ来る少し前にも。



『アルト 値1』



その下。



短い文章があった。



『妙なことを聞かれた』



「何だこれ」



続きを読む。



『「もし俺が0になったら、あんたは俺を覚えてる?」』



「……え?」



意味が分からなくて。



もう一度読んだ。



でも。



書いてあることは同じだった。



この記録は。



俺がこの世界へ来る前に書かれている。



つまり。



この質問をしたのは。



今の俺じゃない。



俺がこの身体で目を覚ます前。



この世界で生きていたアルトだ。



しかも。



その時の存在値は1。



俺はもう一度。



『もし俺が0になったら』



という部分を見る。



「なんで……」



前のアルトは。



存在値1だった。



なのに。



自分が0になった時の話を。



ガルドにしている。



そして。



そのあと。



俺がこの世界で目を覚ました。



初めて測られた存在値は。



0。



ただの偶然なのか。



それとも。



前のアルトは。



0について。



何か知っていたのか。

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