第11話 ガルド
ガルドの隠し箱には、古い書類や手紙が入っていた。
金貨もない。
珍しい武器もない。
あるのは、誰かが長い間持っていた物ばかりだった。
「隠し箱なのに、金目の物ないんですね」
俺が言うと、隣で書類を整理していたセインもうなずいた。
「俺も少し期待しました」
「期待してたんだ」
「給料安いんで」
拾遺局も大変らしい。
最初に調べたのは、軍にいた頃の記録だった。
ガルドが若い頃に兵士だったことは、本人から聞いている。
初めて戦場へ行った時には、怖くなって逃げたとも言っていた。
でも。
軍に残っていた記録は驚くほど普通だった。
『勤務良好』
『夜間警戒』
『輸送隊護衛』
大きな戦功はない。
英雄でもない。
何年も働いた、一人の兵士だった。
その中に、古い部隊名簿があった。
『第七班 六名』
名前を数えてみる。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
それで終わり。
「六名って書いてあるのに、五人しかいない」
セインも名簿を見る。
「本当ですね」
俺はガルドの手帳を開いた。
『ロクはいた。』
その下には、
『最初の戦場で俺を引っ張って逃げた』
と書かれている。
ガルドがいた班は六人。
名簿に残っている名前は五人。
もし。
残りの一人がロクだったとしたら。
人数は合う。
でも、名簿にはロクという名前がない。
ガルド本人も、最後にはロクを覚えていなかった。
「これ以上は分からないか」
「今ある資料だけだと難しいですね」
ロクが本当に六人目だったのか。
今は確かめようがなかった。
次に調べたのは、古い手紙だった。
何通も同じ名前が書いてある。
エナ。
内容を読むと、どうやらガルドの妻らしい。
『帰ったら市場へ行きましょう』
『また靴を脱ぎっぱなしにしていました』
『今度こそ直してください』
「めちゃくちゃ怒られてるじゃん」
「ガルドさんらしいですね」
「セイン、会ったことないだろ」
「話を聞いてると、なんとなく」
それはちょっと分かる。
でも。
何年か経つと、エナから届いた手紙はなくなった。
代わりに。
ガルド自身の手帳に、エナについての記録が増えていく。
『エナ 薬』
『今日は二度転んだ』
『同じ話を三回された』
たぶん。
エナは病気になった。
ガルドが家で世話をするようになったんだと思う。
さらにページをめくる。
『怒った』
『怒る必要はなかった』
ガルドも疲れていたらしい。
そして。
少し後のページ。
『今日は、エナがいなくなれば楽だと思った』
俺の手が止まった。
妻の世話に疲れて。
そんなことまで考えた日があったらしい。
次の行。
『最低だ』
そんなことを考えた自分を。
ガルドは責めていた。
その下には。
『明日の薬を買う』
俺は、その三行をもう一度読んだ。
いなくなれば楽だと思った。
そんな自分を嫌になった。
それでも、明日の薬は買った。
「……しんどかったんだろうな」
俺が言うと、セインが小さくうなずいた。
ガルドはエナを大切にしていたんだと思う。
でも。
大切な人だからって。
毎日ずっと優しくできるわけじゃない。
疲れる日もある。
逃げたくなる日もある。
それでも次の日には、必要な薬を買う。
たぶん。
そういう夫婦だった。
箱の底には、小さな青い石も入っていた。
手のひらに収まるくらいの、何の変哲もない石だ。
「これ、何だろ」
ガルドは買い物のことまで手帳に書く人だった。
これだけ長く残していた物なら、手帳にも何か書いてあるかもしれない。
昔のページを探してみる。
すると。
青い石についての記録が見つかった。
『青い石を盗った』
『弟のせいにした』
「最低じゃん」
思わず口に出た。
セインが横から覗く。
「子供の頃みたいですよ」
「弟からしたら関係ないだろ」
その次。
『後で本当のことを言った。殴られた』
「まあ、そりゃ殴られるな」
「ですね」
少し笑った。
それにしても。
どうしてガルドは、子供の頃に盗んだ石を何十年も持っていたんだろう。
反省したことを忘れないため。
弟との思い出だから。
それとも。
ただ捨てる機会を逃しただけ。
答えは分からない。
もう。
本人には聞けないから。
俺が知っていたガルドは。
存在値2の、口の悪い門番だった。
最後は1。
知り合った期間も、ほんの数日。
でも。
妻がいた。
弟がいた。
子供の頃には嘘もついた。
戦場では逃げた。
誰かに助けられた。
妻の世話に疲れて、ひどいことを考えた日もあった。
それでも。
次の日には薬を買った。
門に立ち続けた。
事故の日には、人を助けた。
俺が知っていたガルドより。
俺が知らなかったガルドの方が、ずっと多い。
「……普通の人だったんだな」
俺が言う。
セインが顔を上げた。
「ガルドさんが?」
「ああ」
世界を救った英雄じゃない。
歴史に残るようなこともしていない。
最後の存在値は1。
数字だけなら。
今の俺と同じだ。
でも。
手紙。
青い石。
軍の記録。
何年も使った手帳。
それを全部見たあとで。
『存在値1の人』
その一言だけでガルドを説明するのは。
どう考えても無理だった。
俺は手帳を開く。
『ロクはいた。』
なぜガルドが、この言葉を書いたのか。
本当の理由は分からない。
ただ。
自分がいつかロクを忘れてしまっても。
ロクという人間が。
最初からいなかったことにだけは。
したくなかったのかもしれない。
そして今。
ガルドについて。
同じことを思っている俺がいた。
ガルドはいた。
存在値1の門番としてじゃない。
俺がまだ知らないことを、たくさん持った。
一人の人間として。




