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第10話 できない

昨日。


俺は、ガルドと同じことをした。


壊れかけた荷車を見て、一目で異常に気づいた。


どうして分かったのかは、自分でも分からない。


でも、偶然じゃないなら。


もう一度できるかもしれない。


そう思って、翌朝も南門へ来た。



目の前を荷車が通る。


荷物を見る。


馬を見る。


車輪を見る。


「……分からん」


ただの荷車にしか見えない。



次に来たのは、少し古そうな荷車だった。


昨日のことを思い出しながら、今度は右後ろの車輪をじっと見る。


なんとなく怪しい。


そんな気がした。


近くにいた門番へ頼んで確認してもらう。


「何ともないぞ」


「あ、そうですか」


恥ずかしい。



三台目も分からない。


四台目になると、何を見ればいいのかすら分からなくなってきた。


昨日は確かに見えた。


荷物の傾き。


馬の歩き方。


車輪の異常。


なのに今日は、ただ眺めているだけだ。



俺は腰に下げていたガルドの手帳を取り出した。


昨日、異常に気づいた時もこれを持っていた。


ガルドのことを考えていた。


だったら。


同じことをすればいい。



手帳を握る。


次の荷車を見る。


「見れば分かる」


小さく呟いてみた。



何も起きない。



ただ死んだ爺さんの真似をしている変な奴になった。



「何してるんですか?」



後ろから声をかけられた。


振り返ると、俺より少し年上くらいの男が立っている。


茶色い髪。


地味な灰色の制服。


手には紙の束を持っていた。



俺は何事もなかったように手帳を下ろした。


「……独り言」


男は少しだけ笑った。


「結構大きかったですけど」


「忘れてください」


「努力します」



絶対忘れない顔だ。



男は俺ではなく、手元の手帳を見た。


「それ、南門で見つかった手帳ですよね?」


「これ?」


「はい。持ち主不明の物として報告が来ています」



男は首から下げていた札を見せた。


名前はセイン。


拾遺局という役所で働いているらしい。



「拾遺局?」


聞き返すと、セインが簡単に説明してくれた。


持ち主が分からなくなった物。


誰のものだったのか確認できなくなった記録。


そういうものを調べて、必要なら管理する部署らしい。



つまり。


ガルドのように人だけが忘れられて、物だけ残った時。


その後始末をする仕事ということか。



「なので、その手帳も一度こちらで預かります」


セインが手を伸ばす。


俺は反射的に手帳を引いた。



「待って」


「何です?」


「これは持ち主不明じゃない」



セインを見る。



「ガルドの手帳だ」



昨日まで南門で働いていた。


口が悪くて。


存在値は最後に1まで下がった。


そして昨日、死んだ。



俺がそう説明すると、セインは困ったように手帳を見た。


当然だ。


セインはガルドを覚えていない。



「そのガルドという人について、もう少し分かりますか?」


「南門の門番だった。それと、元兵士」


そこまでは知っている。


でも名字は知らない。


家族のことも、ほとんど知らない。


俺が知っていることを話していくうちに、自分でも気づいた。



知り合って。


まだ数日だった。



それでも。


今は俺しかガルドを覚えていない。



セインは何かを考えたあと、持っていた紙を一枚めくった。


「実は今朝、この近くで持ち主の分からない家も見つかってるんです」


「家?」


「中に南門で使う物がいくつか残っていて。関係があるかもしれません」



嫌な予感がした。



俺は家の特徴をいくつか聞いた。


南門から歩いて少し。


小さな家。


中には寝台と机、それから古い棚。



全部一致した。



「そこ、ガルドの家だ」


今度はセインが俺を見る番だった。



俺たちは、そのまま家へ向かった。



昨日までガルドが寝ていた家。


今日は扉に、


『帰属確認中』


と書かれた紙が貼られていた。



中へ入る。



昨日と何も変わらない。


寝台がある。


机がある。


薬も残っている。



それなのに。


ここに住んでいた人間だけが、分からなくなっている。



「ガルドさんの名前が入った書類はありませんか?」


セインに言われて、俺も探すことにした。


ガルドがここに住んでいたと分かる物があれば、少なくとも記録には残せるらしい。



机の引き出し。


棚の中。


寝台の下。



探す。



でも、それらしい物はない。



「ないな……」



考えてみれば当然だ。


俺はガルドと数日話しただけ。


この家だって、一度来ただけだ。



諦めて立ち上がろうとした。



その時。



棚の一番下に、小さな傷があるのが目に入った。



「……ん?」



さっきも棚は見た。


なのに。


なぜか今になって、その傷が気になった。



よく見ると、同じ場所に何本も傷がある。


何度も指をかけたような跡。



さらに。


一番下の板だけ、周りより少し色が薄かった。



何度も動かしている。



そう思った。



試しに指をかける。


引く。



板が動いた。



「え?」



奥から、薄い木箱が出てきた。



セインも俺の隣にしゃがむ。


「隠し箱ですか?」


「……みたい」



俺も驚いていた。



能力を使おうとしたわけじゃない。


特別な探し方をしたわけでもない。



ただ。


あの傷を見た瞬間。


そこだけが妙に気になった。



箱を開ける。



古い紙。


手紙。


小さな青い石。


そして、軍の印が入った書類。



セインが一枚を開いた。



しばらく読んで。



「ありました」



書類をこちらへ向ける。



そこには、はっきり名前が書かれていた。



『ガルド』



若い頃に所属していた部隊。


その後、王都南門で働いていた記録。



昨日から何度名前を言っても。


誰にも通じなかった。



でも。



紙の上には残っている。



「これなら、ガルドという人が実在したことを記録できます」



実在した。



その言葉に、少し安心した。



セインが書類を確認している横で。


俺はもう一度、棚の傷を見る。



南門では。


あれだけ必死に荷車を見ても、何も分からなかった。



なのに。


能力のことなんて考えていなかった今は。



誰にも教えられていない小さな傷が。


妙に目についた。



昨日の荷車と。


少し似ている。



「……やっぱり、何かあるのか?」



まだ。


それ以上のことは分からなかった。

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