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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第8話:うちの町を、通らせない?

 本日の荷:使者一名(丁重に取扱うこと)。


 辺境伯家の使者は、予告なく、地味な旅装で現れた。


 従者一人、護衛二人。名乗りは「辺境伯家政務官、セドリック」。歳は四十がらみ、目つきは商人より鋭い。彼は差配所の帳簿を一刻かけて検め、井戸端の積み替えを半日眺め、夕方になってようやく口を開いた。


「単刀直入に言う。閣下は王都の物流の混乱に懸念を持っておられる」


 セドリック殿は、湯気の立つ麦湯を一口含んだ。


「ヴェルンの商人たちの王都向け出荷は、この二月で三割滞った。納品の遅れは代金の遅れ、代金の遅れは税収の遅れだ。閣下は問うておられる。『この混乱はいつまで続くか。そして、ヴェルンの経済を王都の混乱から切り離す方法はあるか』と」


「お答えします。混乱は、続きます。少なくとも年単位で」


「根拠は」


「ヴァルガ商会の差配機能は、人に依存していました。その人がいなくなった今、残っているのは蔵と馬車だけです。蔵と馬車は、自分では考えません」


「その『人』が、貴殿か」


 セドリック殿は事も無げに言った。調べはついている、という顔だった。


「ヴァルガが回している例の回状と脅迫状も読んだ。帳簿改竄の疑い、とあったな。閣下の前で同じことを訊く。——身に覚えは」


「ありません。帳簿は全て、ここに。いつでも、誰の検めでも」


「結構」


 彼は本当にそれ以上、その件に触れなかった。後で知ったことだが、辺境伯家はこの時点で既にヴァルガ商会の信用調査を終えており、結論は『改竄の疑いがあるのはむしろ商会側』だったそうだ。偉い人ほど、荷の遅れに敏感で——そして、書類の嘘にも敏感だ。


「では本題だ。『切り離す方法』について、貴殿の見解は」


 私は地図を広げた。この日のために、ティナさんと三晩かけて引き直した地図だ。


「西部環状線、と呼んでいます」


 ヴェルン——アルバ——鉱山町——北の川港レーム。四点を結ぶ環。


「ヴェルンの工芸品と織物は、川港レームから船で北方諸都市へ。鉱山の鉄と塩は、アルバ積み替えでヴェルンの工房へ。北の川魚と材木は、南へ。……今、この全てが一度王都を経由しています。理由は一つ、『昔からそうだから』。ですが地図を見れば、王都経由は三辺、環状なら一辺。距離も日数も三分の一です」


「なぜ今まで、誰もやらなかった」


「環の結び目が、死んでいたからです」


 私はアルバを指した。


「中継には、積み替えの人手と、蔵と、差配が要ります。二十年前のアルバにはその全てがあった。今、それが戻りつつあります。……結び目さえ生きれば、環は回ります。王都を、通らずに」


 セドリック殿は長いこと地図を見ていた。


 やがて彼は、懐から書状を一通取り出して、机に置いた。


「閣下の御内意だ。『辺境伯領内の街道通行税、および関所手続きについて、アルバ組合の便に優遇を与える用意がある』。——条件は二つ。第一に、環状線の差配帳簿を、四半期ごとに辺境伯府へ写しで提出すること。第二に」


 彼はそこで初めて、わずかに笑った。


「近く、閣下が直々に貴殿の差配を検分なさる。その機会に、目に見える形で実力を示すこと。形式は追って沙汰する。……閣下は、誠実さに興味のない方だ。届く荷にしか興味がない。心されよ」


   *


 使者が帰ったあと、差配所は静かな興奮に包まれた。


「ね、ねえ、今の、つまり……うちの組合、辺境伯さまの後ろ盾がつくってこと……?」


「条件付きで、見込みがついた、というところです。本決まりは『検分』の出来次第かと」


「十分よ! ヴァルガの脅し、三つとも空振りになるじゃない! 王都で積めなくても環状線がある、連合が除名って言っても辺境伯さまがいる、運行停止は元から来てない! ……あれ、ほんとに全部空振りだ。すごい」


 ティナさんは指を三本折って数え、それから急に真顔になった。


「……でも、いいの? これ。あんたの古巣、本格的に干上がるわよ。西部の荷が王都を通らなくなったら、ヴァルガどころか、王都の市場そのものが細る。あんたが作ってた流れを、あんたが別の場所に引き直すんだもの」


 鋭い人だ。そう、これは脅しへの防御であると同時に、構造としては——古巣の足元から、大地を抜き取る一手だ。


「ティナさん。私は三年間、王都で荷を流しました。その仕事に誇りもあります。ですが」


 私は、井戸端を見た。夕暮れの中、今日最後の積み替えが終わるところだった。


「荷は、流してくれる者のところにしか、集まりません。王都が流れを止めるなら、流れの方が王都を見限る。私はそれを手伝うだけです。……荷の流れに、義理と未練は積めませんから」


「……あんた、たまに台帳より冷たい顔するわよね」


 そうでしょうか。自分では、わりと温厚なつもりなのですが。


 その晩遅く、ガッシュさんが王都からの便で戻ってきた。幌から飛び降りるなり、彼は珍しく笑っていなかった。


「兄ちゃん、急報だ。王都で聞いた。——ヴァルガの若旦那がな、近々こっちに来るぞ。『アルバの違法差配を、この目で潰しに行く』と方々で息巻いてるそうだ」


 来ましたか。


「それと、もう一つ。妙な話だ。若旦那の供回りに……商会の人間じゃねえ、見たことのねえ書記官風の男が、ぴったり張り付いてるらしい」


 脅迫状を書いた手が、一緒に来る。


 第一章は、どうやらここまでのようだ。


お読みいただきありがとうございます。西部環状線、開通準備。そして若旦那がついに動きます。次話から第二章「若旦那の戦争」——最初の直接対決です。ブックマーク・評価で、ロイドの帳簿に「読者様」の頁が増えます。何卒!


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