第7話:王都からの黒い手紙
本日の荷:悪意一通(差出人、王都ヴァルガ商会)。
それは美しい封筒で届いた。黒い封蝋に、跳ね馬の紋。ヴァルガ商会の正式な商用状だ。
宛先は、アルバ馬車組合・ドモス親方。
『貴組合が当商会の元使用人ロイド・ハーヴェンを庇護し、無認可の差配業を行っている件、誠に遺憾である。同人は帳簿改竄の疑いにより解雇された人物であり、貴組合が同人の使用を続ける場合、当商会は以下の措置を取る。
一、当商会および提携商会は、アルバ経由の全便の運行を停止する。
二、アルバ組合所属の馬車に対する、王都市場での荷積みを拒否する。
三、貴組合の上部組織たる西部馬車組合連合に、除名を勧告する。
ヴァルガ商会専務 バルド・ヴァルガ』
差配所に、重い沈黙が落ちた。
「……ふざけるな」
最初に口を開いたのは親方だった。煙管の雁首が、めきりと鳴った。
「うちの組合がいつ、ヴァルガの世話になった。運行停止? 元からお前らの便は来ねえだろうが!」
「でも親方、二番目のは効くわ」ティナさんの声は冷静だった。冷静な分、硬かった。「うちの馬車が王都で荷を積めなくなったら、せっかく入り始めた集荷仕事が干上がる。それに三番目……連合から除名されたら、街道の関所札が更新できない。そうなったら組合は、おしまい」
二人の視線が私に集まった。
私は手紙をもう一度、最初から読み直した。一度目は内容を。二度目は、内容以外を。
(……妙ですね)
妙なのだ。文面が、整いすぎている。
バルド専務は、こういう手紙を書けない。あの方の文章は三年間見てきたが、恫喝はもっと直截で、論理は二行で破綻する。ところがこの手紙は、組合の急所を三段重ねで正確に突いている。関所札の更新がどの組織を経由するかなど、王都の専務が諳んじている知識ではない。
誰かが、後ろで書いている。
そしてもう一つ。解雇からまだ一月半。一介の元倉庫番の再就職先を特定し、商会の正式文書で潰しに来る——この速さ、この執拗さは、何だろう。「無能」を切ったにしては、手間の掛け方が、まるで。
(まるで、危険物の処理だ)
胸の奥で、あの晩の引っかかりが、また鳴った。解雇の手際が良すぎたこと。商会長の印。即日精算。
「ロイド」
親方の声で我に返った。
「お前はどうしたい。先に言っとくが、お前を放り出して手打ちにする気は、儂にはねえ。あの薬荷の晩から、お前は組合の身内だ。だがな、身内だからこそ訊く。——どうしたい」
どうしたい、か。
私は、窓の外の井戸端を見た。荷馬車が二台、水を飲ませている。茶店の孫が、御者に麦湯を運んでいる。一月半前には、なかった光景だ。
「親方。この手紙の脅しは、三つとも『ヴァルガが王都の流通を握っている』ことが前提です」
「ああ、現にそうだろう」
「ええ、今は。……ですが、その前提は今、毎日少しずつ崩れています。ヴァルガの遅延は構造的なもので、もう直りません。直せる人間を、彼らは自分で追い出しましたから」
自分で言って、少し可笑しかった。
「ですから、こちらの取るべき手は一つです。脅しに屈して止まるのでも、王都に殴り込むのでもなく——ヴァルガの『前提』が崩れ切るまで、こちらの流れを太くし続けること。具体的には」
私は地図を机に広げた。西街道、南の山道、北の川沿いの道。
「王都を経由しない流れを作ります」
「……王都を、経由しない?」
「はい。ヴェルン、アルバ、鉱山町、北の川港。これを結べば、西部の荷は王都の市場を介さずに回せる。王都で荷積みを拒否されるなら、王都に行かなければいい。連合が除名を仄めかすなら——連合より大きな後ろ盾を、先に作ればいい」
「後ろ盾って、あんた、そんな都合のいいものがどこに……」
ティナさんは言いかけて、はっと口を押さえた。
西の丘の上。
『近々、人を遣る』
「……ちょうど、お見えになる頃です」
*
その夜、私は一人で帳簿を繰りながら、考えていた。
手紙の文面を組み立てた「誰か」のこと。バルド専務の背後にいて、組合の急所を知る人物。手際が良く、執拗で、私を——おそらくは私の「目」を、警戒している誰か。
師匠の形見の台帳を開く。表紙裏の、あの奇妙な線描き。点と点を結ぶ、川のような線。
二十年前、アルバから荷が消えた。
誰かが、流れを変えた。
「……師匠。あなたは、何を見ていたんですか」
台帳は、答えなかった。ただ、古い紙の匂いだけがした。
お読みいただきありがとうございます。脅迫状の「文面が整いすぎている」違和感、覚えておいていただけると後々ニヤリとできます。次話、ロイドの反撃——「うちの町を、通らせない?」。ブックマーク・評価をいただけると、御者も馬も喜びます!




