第6話:最初の客は、いちばん難しい荷
本日の荷:解熱の丸薬十二箱。期限三日、冷暗所必須、衝撃厳禁。
その依頼人は、夜明け前に差配所の戸を叩いた。
「南の鉱山町で熱病が出た。子供が五人寝込んでる。ヴェルンの薬問屋に丸薬はあるが、問題は道だ」
依頼人は鉱山町の購買所の人だった。聞けば、ヴェルンから鉱山町への直行路は先日の雨で橋が落ち、大回りすると馬車で五日。丸薬は熱と振動に弱く、夏場の幌馬車で五日は持たない。
「ヴァルガ商会の特急便にも断られた。『採算が合わない』とな。アルバの差配所は荷を選ばないと聞いて来た。……頼めるか」
ティナさんと親方が、揃って私を見た。
私は目を閉じて、地図を広げた。頭の中の地図だ。光る線が走る。ヴェルンから西街道をアルバまで一日。アルバから南の山道で鉱山町まで一日半。つまり、アルバ経由なら二日半——道は、ある。
問題は三つ。夏の日中の熱。山道の振動。そして馬の交代だ。
「お受けします。ただし、継ぎ送りにします」
「継ぎ送り?」
「一台の馬車で運び切らないんです。区間を三つに割って、馬と御者を替えて、荷だけを走らせ続ける」
第一区間、ヴェルンからアルバまでは、今夜ヴェルンを発つガッシュさんの隊が請け負う。夜走れば涼しい上に、彼の隊の幌馬車は底に羊毛を敷ける。即席の緩衝材だ。
第二区間、アルバでの積み替えは私とティナさん。井戸で冷やした水袋を薬箱の周りに詰め替える。ここで馬は新しくなる。
第三区間、アルバから鉱山町への山道は——。
「親方。あの山道を、夜に走れる御者はいますか」
親方は煙管を置いた。
「四十年あの道を走った男なら、ここにいる」
「現役復帰ですか」
「うちの組合はな、荷を選ばねえんだろ? だったら御者も歳を選ぶな」
*
決行の夜。
ヴェルンを日暮れに発ったガッシュ隊は、夜通し走って明け方にアルバへ着いた。薬箱を井戸端へ。水袋を交換し、検品し、割り札を切り替える。所要、四半刻。
「林檎が三つ、塩が七つ、布が二反で蜜が一壺——」
「……ねえ、それ何の歌?」
荷札を切る私の手元を見ながら、ティナさんが訊いた。
「ああ、すみません。癖です。師匠の数え歌でして」
「師匠?」
「私に台帳を教えてくれた人です。荷札を数える時はこの順で口ずさめ、と。理由は教えてもらえませんでしたが、不思議と数え間違いがなくなるんですよ」
「ふうん……変な歌」
変な歌です。私もそう思います。でも、手が覚えてしまった。
水袋よし、緩衝よし、十二箱すべて異常なし。
「親方、お願いします!」
「おうよ」
ドモス親方の馬車が、まだ暗い山道へ滑り出した。岩のような老人が手綱を握ると、馬車は岩の上を流れる水になった。揺れない。本当に、揺れない。荷台の水袋が、ほとんど波打たないのだ。
翌日の昼前。
鉱山町から早馬が戻った。割り札の片割れと、購買所の走り書きを携えて。
『全量、無傷で受領。丸薬は冷たいままだった。医者が驚いている。子供たちは今夜から薬が飲める。——アルバの差配所に、最大の感謝を』
井戸端が、わっと沸いた。
ティナさんが帳簿を抱えたまま飛び跳ね、茶店のおばあさんが御者たちに振る舞い茶を出し、親方は素知らぬ顔で煙管をふかしていたが、耳が赤かった。
*
この一件は、私たちが思うより速く、遠くまで転がった。
薬が、夏場に、山向こうへ、二日半で届く。
それが何を意味するか、商人は見逃さない。数日のうちに、ヴェルンの薬問屋から定期便の打診が来た。続いて、王都の小さな貿易商から「ヴァルガに断られた急ぎ荷」の相談が二件。それから、それから——。
「ロイド! 依頼の手紙が今日だけで七通よ! どうすんのこれ!」
「順に捌きましょう。荷は一つずつしか運べませんから」
「あんたはなんでそんなに落ち着いて……あ、ちょっと待って、これ見て」
ティナさんが一通の手紙を差し出した。上質な紙。流麗な字。署名はない。
『貴所の差配、興味深く拝見している。近々、人を遣る。——西の丘の上より』
「西の丘の上って……まさか、ヴェルンのお城のこと?」
ヴェルンの城。つまり、ウェルナー辺境伯。
この西部一帯を治める、王国でも指折りの大貴族だ。
「……うちの差配所、お貴族様に目をつけられた? いいことなの? 悪いことなの?」
「さあ。ただ、一つ確かなのは」
私は手紙を裏返した。封蝋の脇に、ごく小さな走り書きがある。事務官の手によるものだろう。
『追伸。王都の物流の混乱について、貴殿の見解を伺いたい』
「——偉い人ほど、荷の遅れには敏感だということです」
お読みいただきありがとうございます。薬荷リレー、書いていて一番楽しい回でした。親方の現役復帰に拍手を。次話、王都の若旦那がついにアルバの存在に気づきます——「王都からの黒い手紙」。ブックマーク・評価、何卒!




