第5話:帰り荷革命
本日の荷:羊毛四十梱、蜂蜜二十壺、鉱山行きの塩漬け肉ひと山。
差配所を開いて十日。アルバの井戸端は、見違えた。
朝、西街道を行く馬車が「ちょっと寄ってみるか」と止まる。水を飲ませ、飼い葉を買い、ついでに帰り荷の有無を訊く。荷があれば積んで銅貨を稼ぎ、なければ茶だけ飲んで行く。茶店を始めたのは宿の隣のおばあさんで、三日で売り子を孫に手伝わせ始めた。
「ヴェルン行き帰り便、あと二台! 羊毛積める方ー!」
ティナさんの声が広場に通る。彼女の帳簿は私のものより几帳面で、最近は荷札を切る包丁さばきまで様になってきた。
「兄ちゃん、今日も世話んなるな!」
ガッシュさんはもう常連だ。彼の隊は週に二往復、ヴェルンと王都を行き来する。その帰り道は必ずアルバに寄る。「空で帰ると女房に叱られる体になっちまった」そうだ。
数字を言えば、こうなる。
十日間で、立ち寄り馬車のべ百三十台。差配した帰り荷、千二百貫。組合の手数料収入は、この町の去年一ヶ月分の組合収入を超えた。
「……なあ、倉庫番よ」
昼下がり、親方が差配所の帳簿を覗きに来た。最近の親方は機嫌がいい。現役四台の馬車にも、近隣の村から穀物の集荷仕事が入り始めたからだ。
「うちの古株どもが言うんだ。『この調子なら、町の南の旧蔵を開けてもいいんじゃねえか』と」
「いいですね。中継蔵があれば、『今日中に運ばなくていい荷』を預かれます。預かれれば、もっと良い便を待って積めます。差配の幅が倍になりますよ」
「……お前、ほんとに楽しそうに荷の話をするな」
ええ。荷の話は、楽しいですから。
*
——同じ頃。王都、ヴァルガ商会。
「専務、よろしいですか。その……また、です」
番頭が震える手で書状を差し出した。西部方面の荷主、三軒目の契約打ち切り通知だった。
理由はどこも同じ。「納期が読めない」。
ヴァルガ商会の遅延は、もはや王都の市場で公然の冗談になっていた。『ヴァルガに頼むと、夏の魚が干物になって届く』。
「おかしいだろうが!!」
バルドは書状を破り捨てた。
「人手は同じ! 馬車も同じ! なのになぜ、あの倉庫番がいた頃と同じに回らん!!」
誰でもできる仕事のはずだった。荷物を数えて、紙に書くだけの。
だが現実はこうだ。同じ蔵から出す荷でも、出す順番ひとつで馬車の待ち時間が倍になる。雨が降れば道が変わり、道が変われば順番が全部組み直しになる。御者には得手不得手があり、荷には相性があり、それを全部、誰かが頭に入れて毎朝割り振っていた——らしい、ということに、バルドはようやく気づき始めていた。
気づき始めて、そして、認めるわけにはいかなかった。
「……そうか。そういうことか」
バルドは破れた書状の山の中で、ぎらりと顔を上げた。
「あいつだ。あの倉庫番、辞める前に何か細工をしていったんだ。帳簿に……そう、帳簿に細工を! でなきゃこの俺が回して、回らんはずがない!」
「せ、専務、しかし引き継ぎ書には何の不審も——」
「読んだのか?」
「は、はあ、その、先日初めて拝読しましたが、むしろ、その、大変な労作で……これさえあれば配送を立て直せるかと」
「燃やせ」
「は?」
「無能の書いた紙だぞ。細工がないわけがない! いいか、回状を出せ。『元台帳係ロイド・ハーヴェンは在職中に帳簿を改竄した疑いがある』とな! 取引先全部にだ!」
番頭は青ざめた。それは、もはや解雇回状ではない。商業ギルドに対する、告発に近い。
(そんなことをすれば、あの引き継ぎ書を作った男が「改竄者」だと、本気で調べる者が出たら——むしろ商会の帳簿の方が検められるのでは)
言えなかった。番頭は頭を下げ、退室し、廊下で長いため息をついた。
*
数日後。アルバの差配所に、一通の手紙が届いた。
差出人は、ヴェルンの青果卸マレナ商店。最初の夜に林檎九十箱を受け取ってくれた店だ。
『先日の林檎、見事な差配でした。つきましては折り入って相談が。当店の取引先である王都の織物問屋から、妙な回状が回ってきています。貴所の差配人ロイド・ハーヴェン氏について、帳簿改竄の疑いと。——当店は信じておりませんが、ご一報まで』
ティナさんが手紙を読んで、頬を真っ赤にした。
「何よこれ! 言いがかりじゃない! あんたが帳簿に細工なんてするわけ——むしろ帳簿に細工されたら一番怒る側でしょ!?」
「お褒めにあずかり恐縮です」
「褒めてない! ねえ、悔しくないの!?」
悔しい、のだろうか。自分でもよく分からなかった。ただ、静かに確認したことが一つ。
バルド専務は、荷を立て直すことより、私を悪者にすることを選んだ。
つまりあの商会の荷は——これからもっと、止まる。
「ティナさん、返事を書きましょう。『ご心配なく。帳簿はいつでも、誰にでもお見せします』と」
帳簿は私の武器で、私の潔白だ。全頁、いつでも開帳できる。
それが、台帳係の矜持というものですから。
お読みいただきありがとうございます。若旦那、立て直すより犯人探しを選びました。沈む船の典型ムーブです。次話は腕試しの依頼が舞い込みます——「最初の客は、いちばん難しい荷」。ブックマーク・評価が更新の燃料です!




