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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第68話:兵の胃袋と、民の胃袋、どちらを先に満たすか

 本日の荷:二つの腹、一つの道。


「どちらを先に満たすか、という問いが、そもそも間違っています」


 私はアルバの帳場に五拠点の頭を集めて、そう言った。トゥーレからニカ、レームからリコ、カヴァルからダグさん、北からユーゴ。アルバから町長のティナさんと、所長のドモス親方。


「兵か民か、と聞かれると、人は必ずどちらかを選びます。選ばされた時点で、負けです」


「じゃあ、どうすんだ」ダグさんが太い腕を組んだ。「麦は一つしかねえぞ」


「麦は一つです。ですが、時間は二つあります」


   *


 私は机に線を引いた。王都から北方国境まで十二日、西部の村から北方国境まで九日。村への配給は、三日ごとの回転。


「徴発された千四百俵は、いま道の上にあります。北へ着くのが九日後。ここまでは、変えられません」


「変えられないんじゃないの」


「はい。ですが、その先が空いています」私は線の先を叩いた。「北の四千は、この千四百俵で一月、食い繋げます。一月後には、また同じ問題が起きます。……そのときにまた徴発されたら、次は村が死にます」


「じゃあ、一月で何とかするってこと?」


「一月で、北へ別の道を作ります」


   *


 別の道と言っても、荷が湧くわけではない。私が目をつけたのは東だった。ゼルト平野。王国の麦の四割を作る、あの平らな土地。今年は半作で、蓄えは供出に取られかけた。だが——


「ヨルグさんの種籾は、無事です」私は言った。「あれは二千俵。蒔けば、秋に八万俵になります」


「秋の話じゃないの」


「秋の話です。ですが、秋に八万俵が確実に出ると分かっていれば、話が変わります」


 私はニカを見た。生真面目な徴税吏は、すぐに頷いた。


「……先物、ですね」


「そうです。ゼルトの秋の収穫を担保に、王都と東部の商人から、いま麦を借ります。返すのは秋。利は、輸送で払います」


「利を、荷で払うのか」ドモス親方が唸った。


「西部環状線を、東部の商人に使わせます。二年かけて作った輪です。使用料の相場は、王都でつきます」


 道を貸して麦を借りる。私が持っているもののうち、いちばん価値があるのは麦ではなく道だった。


   *


「無理よ」ティナさんが真っ先に言った。「東部の商人が、西の田舎の道を信用するわけないでしょ」


「信用します」


「なんで」


「この冬、西部で餓死者が出なかったからです」私は帳面を開いた。「王国じゅうで飢饉が起きて、公倉は空になり、買い占めが起きた冬に、西部三十七か村で誰も餓死していません。この数字は、王都の商人がいちばん喜ぶ数字です」


「なんで喜ぶのよ」


「麦を貸しても、腐らせずに回してくれる相手だ、という意味ですから」


 ティナさんが、口を開けたまま少し黙った。


「……あんた、それ、あたしが回した数字じゃない」


「はい。町長の実績です」


「そういうことは先に言いなさいよ!」


   *


 一月はあっという間だった。ニカが東部との照合台帳を作り、リコが海路で東岸へ渡り、ダグさんが鉱山の鉄を担保の足しに回した。ユーゴは北とアルバを三往復した。ティナさんは王都商業ギルドへ宛てて、この冬の配給の記録を丸ごと写して送った。三十七か村、二百三十七人から一万一千人まで、全部。


 そして、私は書かなかった。書いたのは五つの拠点の人たちだ。私はその紙を束ねて、荷として運んだだけである。


「先輩」ユーゴが、荷を積みながら言った。「俺、二年前、トゥーレで荷札を数えてました」


「数えるなと言いましたね」


「言われました。……で、今、俺、王国の麦を数えてます」


「数えてはいけません」


「流れで覚えろ、でしょう」若い衆は笑った。「覚えました」


   *


 三十日目、東部の商人から麦六千俵の貸し付けが決まった。返済は秋、ゼルトの収穫から。担保は西部環状線の使用権。六千俵は、北の四千を五月、食わせられる。徴発は、必要なくなった。


 私はその報せを持ってヴェルンへ行き、ロッシュ徴発官に会った。


「以後、北方への兵糧は、民間の借り入れで賄います。徴発の必要はありません」


 徴発官は、書付を三度読んだ。


「……本官の仕事が、無くなるな」


「はい」


「差配役殿。貴殿は、本官を恨んでおられるか」


「いいえ」私は答えた。「あなたは数を正確に把握しておられました。二百三十七人という数字を、あなたは持っていた。持っていない人よりは、ずっとましです」


 ロッシュ徴発官はしばらく黙り、それから初めて、少し困った顔をした。


「……あの数字を渡してきたのは、軍需監だ」


   *


 その言葉が引っかかった。軍需監ハウザーさんが、西部三十七か村の人数を正確に把握していた。王都の官が、峠向こうの村の人数をなぜ持っている。


 私が数えた。ニカが数え、村役が木札に刻み、ティナさんが帳面にした。あの数字は、この冬、アルバから王都商業ギルドへ——救荒の報告として、送っている。


 私は自分の背筋が冷えるのを感じた。抜く先を選んだのは、私の数字だ。

ロイドの答えが出る回です。「兵か民か」を選ばず、時間と道で解く。そして今回、荷を集めたのはロイド一人ではありません。ニカ、リコ、ダグ、ユーゴ、ティナ——第二部で立て直した拠点の人たちが、それぞれの持ち場で動いています。彼が三年かけて育てたものが、王国規模の問題を解く手になりました。「才能ではなく、受け継いだ仕事」というのが、この作品の背骨です。そして最後の一行。自分が丁寧に数えた数字が、そのまま抜き取りの地図として使われていた——次回から、王都です。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!

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