第64話:相場は崩れました(私は何もしていません)
本日の荷:崩れた値と、繋がった腹。
軍の買上には検収がある。銀二十二万を動かす取引で、倉を見ずに判を押す者はいない。いや——いなかったはずである、という言い方が正しい。実際にはこの十八年、たいてい見ずに押されてきた。だから私は検収の日を待った。
そして検収の三日前、辺境伯家の政務館へ行き、セドリックさんに一枚の紙を渡した。
「西部環状線の通行台帳から起こした、タウル倉への入荷推計です。延べ六百二十四台、多く見積もって三千八百俵」
「軍の買上は五千俵ですな」政務官は、眼鏡の奥で目を細めた。「千二百俵、どこから湧きます」
「湧きません。ですから、検収に立ち会わせていただきたいのです」
「貴殿が?」
「私は、軍の人間ではありません」
セドリックさんはしばらく紙を眺め、それから小さく頷いた。
「殿の名代としてなら、立てましょう。西部の穀物の動きは、当家の関心事です。……理屈は、後で作ります」
「がはは。作れ作れ」
衝立の向こうから、聞き覚えのある笑い声がした。
「セドリック。儂は誠実さに興味はない。数の合う倉に興味がある」
*
検収の朝はよく晴れていた。ヴェルンの倉の前に、軍の検収官が三人、タウル氏の手代が五人、辺境伯家からセドリックさんと私。それに、なぜか御者頭のガッシュさんと、鉱夫頭のダグさんがいた。
「なんでいるんですか」
「荷役だ、兄ちゃん」ガッシュさんが胸を張った。「俵を数えるなら、動かす人手がいるだろ」
「五千俵、動かすつもりですか」
「動かすさ。がっはっは!」
タウル氏の顔が、初めてわずかに動いた。
*
俵を数えるだけなら簡単だ。積んである俵を見て、縦と横と高さを掛ければいい。倉の中で山になっていれば、なおのこと数えやすい。数えやすい積み方をしてある倉は、たいてい数えられることを前提にしている。問題は、俵の中身である。
「二百俵ごとに、一俵、抜いて秤にかけます」私は言った。「規定は一俵四貫。四貫あれば、何も問題はありません」
「抜き取りとは、ずいぶんな言いようですな」タウル氏の声は、まだ柔らかかった。「差配役さま。買上の量目は、慣例により、目視と申告で足りるはずです」
「慣例ですね」
「はい」
「この冬、北の砦で、その慣例を一つ潰してまいりました」
私は天秤を指した。ケルヴ兵曹に教わった通りの、いちばん簡単な検め方である。
*
二十五俵を抜いて、秤にかけた。最初の五俵は四貫あった。倉の入口に近い、いちばん目につく山である。
六俵目から目方が落ちた。三貫六分。三貫二分。二貫九分。十四俵目で手代の一人が青くなり、十八俵目で俵の縫い目から粉が落ちた。麦ではない。籾殻と、砕けた藁だった。二十二俵目は、まるごと藁だった。
誰も口をきかなくなった。天秤の皿が揺れる音だけが、倉の梁まで届く。軍の検収官が天秤の前で固まっている。セドリックさんは眼鏡を押し上げ、ガッシュさんは腕を組んで、たいへん良い笑顔をしていた。
「タウルさん」私は、藁の俵を指した。「これは、いつ買われたものですか」
「……存じません」
「では、これは五千俵のうちに数えられますか」
穀物商は答えなかった。答えられなかったのだと思う。彼は嘘をつかない人だった。嘘をつかない人が答えられないというのは、そういうことである。
*
軍の買上はその場で停止された。実測は三千八百二十俵。うち、規定量目に満たないものが千百俵。差額の銀は動かず、前渡金の銀八万は返還を命じられた。タウル氏は返せなかった。もう麦に変えてしまっていたからだ。そして麦は、値が上がらない。
「差配役さま」
倉を出るとき、彼は私を呼び止めた。初めて、糸のような目が開いていた。
「あなたは、私に何をしたのです」
「何もしていません」
「……何も?」
「値を上げなかっただけです」私は言った。「私は倉を焼いていません。奪ってもいません。ただ、あなたが売りたい相手に、あなたより先に、麦を届けてしまいました」
彼はしばらく黙っていた。それから、乾いた声で笑った。
「なるほど。……相場は、崩れましたな」
「崩れました」
「あなたのせいで」
「いえ」私は、倉の中の五千の重さを一度だけ振り返った。「出さなかった、あなたのせいです」
*
冬は越えた。三十七の村で餓死者は出なかった。痩せた人はいくらでもいたし、病で亡くなった年寄りも何人かいた。だが、麦が届かずに死んだ人はいなかった。ヨルグさんの種籾は、二千俵まるごと残った。
そして雪解けの頃、アルバの広場で町の寄合が開かれた。議題は一つ。町長の交代である。
「わしはもう、寝床から出られんでな」ゼフさんは、担ぎ込まれた椅子の上で皺だらけの顔を上げた。「代行では、判が足りん。この冬、三十七の村の腹を回した娘に、ちゃんとした判をやってくれ」
広場が、割れるような音になった。ティナさんは真っ赤な顔で立ち上がって、それから、いつもの調子で怒鳴った。
「勝手に決めないでよ! ……あたし、まだ二十歳よ!?」
「二十歳で王国西部の腹を回した人間は、たぶん、王国じゅう探してもいません」
「あんたは黙ってなさい!」
結局、ティナ・メルロウはその日からアルバの町長になった。寄合のあと、彼女は帳場で判を握ったまま、しばらく座っていた。
「ねえ、ロイド」
「はい」
「町長ってさ。町の腹に責任を持つってことよね」
「はい」
「……あんたが持ってた重さって、これなの」
私は少し考えて、正直に答えた。
「私のは、荷の重さです。ティナさんのは、人の重さです。……たぶん、そちらのほうが重いです」
第九章「雪と飢え」、決着です。タウルは殴られも捕まりもせず、ただ「出さなかった」ことで崩れました。第一部のガレオン、第二部のフェルズ侯爵と同じく、帳簿で死ぬ形です。天秤で藁が出てくる場面は、北の砦で俵を量った回と対になっています。そして、ティナが町長になりました。「寂れてるって言っていいのはうちの町の人間だけよ」と噛みついてきた娘が、三年かけて、町の腹に責任を持つ側になりました。この作品でいちばん書きたかった成長です。次章、春。今度は軍が、民の麦を取りに来ます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




