第62話:〈ひいらぎ藻〉、二十貫。今度は食べ物として
本日の荷:海の草、二十貫。
輪が止まって、五日が過ぎた。トゥーレ峠は雪、レームの川は氷、カヴァルの山道は雪崩の危険で封鎖。三方が同時に閉じるというのは、二年やってきて初めてだった。
「先輩、どうします」
「困っています」
「困ってる顔してないですよ」
「顔に出さない訓練を積んでいますので」
私はアルバの帳場で地図をひっくり返していた。陸が駄目なら川、川が駄目なら陸。関所でも川港でもさんざん使った手だが、今回は両方閉じている。残っているのは一つだけだった。海である。
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「東の岬まで、舟出せる?」
私が言い終わる前に、リコが立ち上がった。レームから応援に来て以来、この子は人の話を最後まで聞いたことがない。
「出せる。冬の海は荒いけど、岬までなら岸沿い。あたしの親父が若い頃、塩を運んだ道だもの」
「岬に何があるかは」
「灯台村。……あ」リコが、ぱちんと手を叩いた。「先生、あんた、あれ運んだよね。三年前の競送で」
「〈ひいらぎ藻〉です」
〈ひいらぎ藻〉というのは、東の岬の岩場に生える海藻である。三年前、辺境伯家の競送の「急」の課題で、私はこれを二十貫、二十一刻で王都の施療院へ運んだ。薬になるのだそうだ。傷の膿を引かせるとか、熱冷ましに煎じるとか。そのときは薬として運んだ。今回は違う。
「食えるのか、これ」ドモス親方が、乾いた藻の束を摘まみ上げて胡散臭そうに眉を寄せた。
「食えます。灯台村では、昔から冬に食べているそうです」
「味は」
「……磯です」
「磯とは、味か」
「味です」
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問題は味ではなく食べ方だった。乾いた〈ひいらぎ藻〉はそのままだと固くて噛み切れない。水で戻して四半刻ほど煮る。麦の粥に混ぜると、少ない麦で椀が満たせる。腹の膨れ方が違う。しかし。
「あたし、これ嫌い」ティナさんが、椀を持ったまま眉間に皺を寄せた。
「町長代行が真っ先に匙を投げないでください」
「だって磯じゃない。磯なのよ、これ」
「磯です」
「アルバは内陸なの。磯を食べたことない人が三千人いるの。この味を『食べ物』だと思ってもらうのに、あんた、どうする気?」
……確かに、それは差配の話ではなかった。
結局、灯台村から婆さまを二人招くことになった。婆さま方はアルバの広場に大鍋を据え、藻を戻し、麦を放り込み、干した貝と根菜を足して豪快に煮た。匂いは、正直に言って強かった。だが湯気が上がり始めると、広場に人が集まってきた。冬の広場で湯気の立つ鍋というのは、それだけで人を呼ぶ。
「兄ちゃん、こりゃなんだ」
「海の草です、ガッシュさん」
「草! 馬みてえだな。がっはっは!」
豪快に笑いながら、御者頭は三杯おかわりした。ガッシュさんが三杯食べるものは、その日のうちに町じゅうが食べる。
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リコの舟が、岬と川港を三日おきに往復し始めた。冬の海は荒い。だが岸沿いを這うように行けば、レームの河口まで届く。河口から先は氷の張っていない下流だけを使い、荷を陸に上げる。
「あたしの親父がね」舟を出す前、リコが言った。「若い頃、この道で塩を運んだの。談合のベルガに潰されて、それきり誰も通らなくなった道」
「オデルさんは、なんと」
「『使え』って。……あと、『無理はするな』って、三回言われた」
その日の晩、私は帳面に一行だけ書き足した。
『二年前に開けた道は、二年後に効く』
*
海路は三日で一往復した。行きは空荷ではもったいないので鉱山の鉄と峠の塩を積み、帰りに藻を積む。帰り荷である。三年前に宿場町でやったのと同じ理屈が、そのまま海で回った。
灯台村の村長は、最初の便を見て目を丸くしていた。銭になるとは思っていなかった草が、荷車で運び出されていくのだ。
「うちの藻に、銭を払う人がおるとは」
「薬として王都へ運んだこともあります」
「あれか。うちの婆さんが『都のお医者は物好きだ』と言うとった」
「今度は食べ物として運びます」
「ますます物好きだ」村長は笑って、それから真顔になった。「……差配役さん。あんた、あれを本気で人に食わせるつもりか」
「はい」
「じゃあ、戻し方を教える」老人は立ち上がった。「あれはな、戻し方を間違えると、ただの縄だ」
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半月で、〈ひいらぎ藻〉は西部の三十七の村に行き渡った。もちろん、これで飢えが消えたわけではない。藻は麦ではない。腹は膨れても力は出ないし、子どもは嫌がって食べない。だが、椀の底が透けなくなった。
テス村の女の人は、鍋をかき混ぜながらこう言った。
「差配役さま。二年前は塩で、今度は草ですか」
「……申し訳ありません」
「なんで謝るんです」女の人は笑った。「二回とも、来たじゃないですか」
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その頃、ヴェルンのタウル氏の倉に変化が起きていた。私が回転を上げ、藻を回し、村々が春まで持ちそうになった結果——春に銀七十で売れるはずの麦の値が、上がらなくなったのだ。いや、まだ上がっている。だが、上がり方が鈍い。そして倉には五千俵が積まれたままだ。
買い占めた麦というのは、売れなければ、ただの重さである。
軽い回、その二です。第一部の競送で運んだ〈ひいらぎ藻〉が、三年越しに食べ物として戻ってきました。あのとき「急」の課題荷として二十貫運んだものが、飢饉の椀を満たしています。伏線というより、世界がちゃんと繋がっている感じを出したくて置いた回です。リコの海路も、第二部で談合を潰したから通れるようになった道でした。「二年前に開けた道は、二年後に効く」——この作品でいちばん言いたいことかもしれません。そしてタウルの倉。売れない在庫は、ただの重さです。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




