第61話:種籾を食べたら、来年の飢饉は二年続く
本日の荷:来年の麦、まだ土の中。
ゼルト平野は、恐ろしく平らだった。地平線まで畑が続いている。ただしそのすべてが刈り取られたあとの短い株ばかりで、雪が薄く積もっていた。例年なら、この時期には麦の露地干しが並ぶのだという。
種籾蔵の前に、老人が一人、鍬を持って立っていた。四日目だという。夜は近所の者が交代で焚き火を焚き、老人はその横で座って寝るのだそうだ。
「ヨルグさんですね」
「わしが動いたら、来年、この平野は死ぬ」
挨拶より先にそう言われた。顔は皺だらけで、手は木の根のようだった。指の関節が全部太い。六十年鍬を握ってきた手だ。
「役人は、供出しろと言う。人が飢えとる、と。……わしだって、飢えとるわ」老人は、痩せた腹を叩いた。「だがな。種籾は麦じゃねえ。あれは来年だ。来年を食ったら、再来年もねえ」
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役人の言い分も間違ってはいなかった。ゼルトの村々にはまだ蓄えがあり、西の村々にはそれが無い。今この瞬間に死ぬ人と、来年死ぬかもしれない人。どちらを取るかと言われれば、今を取るのが行政である。
「差配役殿。あなたも救荒に関わっておいでなら、お分かりでしょう」村役場の帳場で、王都から来た役人が私に言った。「この蔵に、種籾が二千俵ある。二千俵あれば、西の三十七の村が、二十日凌げます」
「はい」
「二十日あれば、人が死なずに済みます」
「はい」
「あの老人が動かないせいで、その二十日が失われている」
私は蔵の窓から外を見た。白い畑と、鍬を持った黒い影。
「一つ、お尋ねしても」
「なんです」
「その二千俵を蒔いたら、来年、何俵になりますか」
役人が、口を閉じた。
「私は農のことは素人ですが、四十倍と聞きました。二千俵の種籾で、八万俵」
「……そんな理屈は」
「理屈です」私は言った。「二十日ぶんの命と、八万俵。私は倉庫番なので、こういう数え方しかできません」
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もっとも、数えて終わりなら苦労はない。八万俵は来年の秋の話で、今日の腹は今日膨れない。ヨルグさんの鍬は正しく、役人の焦りも正しい。正しさが二つあるときは、たいてい、荷の置き場が悪い。
私は帳面を開いて線を二本引いた。
「蔵を、分けます」
ヨルグさんが、鍬を持ったままこちらを見た。
「同じ蔵に、食う麦と蒔く麦が一緒に入っているのが、そもそもいけません。一緒に入っていると、役人は『麦が二千俵ある』と数えます。分けてあれば、『食う麦が六百俵、蒔く麦が千四百俵』と数えます」
「……そんなことで、変わるか」
「変わります。数え方が変わると、人の腹の決め方が変わりますので」
私は二本の線に名前を書いた。食糧倉。種籾倉。
「種籾倉には、村の判と、私の判と、王都の役人の判、三つが揃わないと開かない錠をつけます。三人が揃うのは、蒔く日だけです」
「役人が判を押すか」
「押します」私は役人の方を向いた。「押していただけますね。……押さないと、来年の八万俵を、あなたが一人で潰したことになります」
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三日かけて、蔵を分けた。鉱山町から運んできた木材で仕切りを立て、種籾の俵を全部奥へ移す。移しながらヨルグさんが一俵ずつ掌で叩いて確かめていた。
「これは去年のだ。粒が細けえ。……これは一昨年。よく乾いとる」
「覚えておられるんですか」
「覚えとる。わしが選ったんだからな」老人は、俵の腹を撫でた。「種ってのは、選ぶんだ。実った中から、いちばん重いやつを、食わずに残す。腹が減ってる年ほど、いいやつが食いたくなる。……そこを我慢するのが、農だ」
私はその言葉を帳面に書き取った。
「ヨルグさん。それ、私の商売と同じです」
「倉庫番と、農がか」
「はい。荷は嘘をつきませんよ。嘘をつくのは、いつも、荷札を書く側です。……種籾を『麦二千俵』と書いた人が、今回の嘘つきでした」
ヨルグさんはしばらく私を見て、それから初めて、歯の欠けた口を開けて笑った。
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食糧倉の六百俵は西へ回した。二十日ぶんには足りない。五日ぶんだ。それでも、道の上を回れば五日は八日になる。
その配給をアルバで一手に捌いたのは、ティナさんだった。三十七の村の人数と、受け取りと、次の便の量。西部環状線の五拠点から上がってくる帳面が毎朝アルバの帳場に積まれる。それを一人で捌いて、夕方には次の三日分の割り当てが出ていく。
『こっちは回ってる。あんたは向こうを回しなさい。
あと、寝てる? 寝なさいよ。倒れたら荷が止まるでしょ。あんたが荷なのよ、今』
私はその手紙を三度読んだ。三度読んで、その晩は少し早く寝た。
*
だが、四日目の朝、峠が閉じた。例年より早い大雪だった。マーヤさんの三十年の紙にも、この時期に閉じた記録は二回しかない。トゥーレ峠、レームの川、カヴァルの山道。西部環状線の三つの関節が、同じ週に凍った。
輪が、止まった。道の上に麦を置く——私の救荒は、道が使える前提でできていた。
ヨルグ老人の回です。第二部の誇り枠が「昔の誇り」を持っていたのに対し、この人が守っているのは来年です。過去ではなく未来を守る頑固者を、一度書いてみたかった。「腹が減ってる年ほど、いいやつが食いたくなる。そこを我慢するのが農だ」——ロイドの帳簿と、農の理屈が、ここで同じものになりました。ティナは相変わらず手紙が強いです。そして峠が閉じました。道に麦を置く作戦は、道があってこその作戦でした。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




