第59話:穀物商タウル、飢饉は相場だとおっしゃる
本日の荷:買い占められた麦、行方不明。
ヴェルン郊外の倉は、私が見た中でいちばん新しい建物だった。石積みの土台に、白木の柱。まだ木の匂いがする。この不作の年に新しい倉を建てられる人間が、この国に何人いるだろう。
その帳場に、その人はいた。
「これはこれは。差配役さま」
歳の頃は五十。仕立ての良い外套を着て、細い指で紙をめくっていた。声は柔らかく、笑うと目が糸のようになる。
「穀物商のタウルと申します。ご高名はかねがね。関所も川港も鉱山も、あなたが開けたそうで」
「そのようなことに」
「ええ、ええ。おかげさまで、麦の動きが良くなりました。二年前とは比べものになりません」
嫌味ではなく、本気で感謝しているようだった。それが、いちばん薄気味悪かった。
*
「単刀直入に伺います。市の麦を、買い占めておられますね」
「買い占め」タウル氏は、その言葉を舌の上で転がした。「ずいぶん厳しい言い方をなさる。買っているだけです。売る方がいて、買う方がいる。それを商いと申します」
「値を見ずに買っておられます」
「値を見て買うのは、小商人です」彼は紙をめくる手を止め、初めて私を正面から見た。「差配役さま。麦の値は、今、いくらだとお思いです」
「昨日のヴェルン相場で、一俵、銀二十四」
「来春は」
「……分かりません」
「銀七十です」タウル氏は、迷いなく言った。「収穫が五分。備蓄の放出はなし。北へは兵糧が抜けていく。春まで持たない。ですから七十。私が決めたのではありません。麦が、そう申しております」
私はその言い回しに聞き覚えがあった。規則が、そう申しております。
「銀七十で売るために、今、二十四で買っておられる」
「はい」
「それまで、麦は倉にありますね」
「はい」
「その間に、飢える人がいます」
「はい」
彼はまったく動じなかった。むしろ、少し不思議そうな顔をした。
「差配役さま。私は麦を焼いてはおりません。捨ててもおりません。春になれば、ちゃんと市に出します。そのとき、いちばん高く買える人が買う。それが、いちばん麦を必要としている人です」
「冬に飢えた人は、春には買えません」
「……ええ」タウル氏は少し目を伏せ、そして心底気の毒そうに言った。「気の毒なことです」
*
帰りがけ、私は倉の中を通らせてもらった。積み方が見事だった。俵の角が揃い、通路が真っ直ぐで、湿気を逃がす隙間まで計算してある。二年寝かせても傷まない積み方だ。私は思わず足を止めた。良い倉だった。荷を大事にする人間の作る倉である。
「差配役さま。倉がお好きですか」
「……好きです」
「私もです」タウル氏は嬉しそうに笑った。「麦は正直でしてね。粗末に積めば、そのぶん腐る」
「はい」
「腐らせるのは、罪でございましょう」
私は答えなかった。この人は麦を粗末にしない。粗末にしないまま、人を粗末にする。
*
倉を出て、私はしばらく雪の道に立っていた。ユーゴが、心配そうに横に来た。
「先輩、どうでした」
「良い商人でした」
「え」
「嘘を、一つもつきませんでした」
これで三人目だ。ハウザーさん、ガルド監、タウル氏。誰も嘘をつかず、誰も罪を犯さず、それでも人が飢える。私は雪を踏んだ。
「ユーゴ。あの倉の買い付けの原資、どこから出ていると思いますか」
「……商人の自前じゃないんですか」
「あの規模の買い付けを、自前でやれる商人は西部にいません」
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答えは三日後にフィオナさんの書簡で来た。王都の写字方の下働きは、たいへん筆まめだった。
『先輩。ヴェルンのタウルへ、軍需の前渡金が出ています。名目は「戦時兵糧の先行手当」。北方動乱に伴う臨時措置で、軍が兵糧を確保するための資金です。
発行元は軍需監ハウザー。金額は銀八万。合法です。手続きに一つの瑕疵もありません。
ただし。この前渡金で買った麦を、いつまでに軍へ納めるかという期限が、書かれていません。
書かれていないので、タウルは春まで倉に置いておけます。』
私はその書簡を膝の上に置いた。軍の金で麦を買い占め、軍への納期が無いので売らずに寝かせ、春に七十で売る。合法だった。全部。
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その晩、アルバ中継所に痩せた男が一人たどり着いた。峠向こうのテス村の男だった。二年前、塩を待っていた村である。
男は帳場の土間に座り込んで、しばらく口がきけなかった。ティナさんが白湯を持っていくと、両手で椀を抱えて、それから絞り出すように言った。
「差配役さま。あんときは、塩をありがとうございました」
「いえ」
「……今度は」男の指が、椀の縁を握りしめた。「今度は、食う物が、ねえんです」
穀物商タウル、登場です。彼もまた、悪いことを何一つしません。安く買って高く売る。商いの教科書どおりです。ロイドが「気の毒なことです」と言われて言い返せないのが、この回の要かなと思って書きました。そして原資は軍の前渡金——納期の書いていない前渡金。「書かない」ことで得をする人たちが、また出てきました。テス村は第二部で塩を待っていた村です。二年経って、同じ村がまた待っています。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




