第57話:十二日で着いた荷と、二十日かけて六割の荷
本日の荷:着いた分と、着かなかった分。
初雪から十日で、四千人の冬が揃った。麦、四千八百俵。毛布二千枚。鉄三十梱。薪と油と蝋燭。ハルダ砦の三つの蔵が、二年ぶりに一杯になった。
最後の便が着いた日、テオ曹長は蔵の戸を開けたまま、しばらく中を見ていた。
「差配役殿」
「はい」
「自分は、蔵が一杯になったところを、初めて見ました」
二十歳そこそこの曹長がそう言った。私はあまり良い返事を思いつかなかったので、黙って隣に立っていた。
*
王都からの査問は、その三日後に来た。輜重監ガルドが、直々に砦へ乗り込んできたのである。
「小官は、この運送を認めておらん」
営庭に兵を並べさせ、大男は雪の上に仁王立ちになった。
「傭役登録の濫用だ。民間の荷車を四十台、まとめて軍属に仕立てるなど、例規の趣旨に反する。輜重の秩序を乱す行いだ」
「例規の条文には反しておりません」
「趣旨に反すると言っている!」
ガルド監の声が営庭に響き、兵たちが目を伏せる。私はその怒鳴り声を最後まで聞いてから、書き付けを一枚差し出した。
「では、条文と趣旨のどちらが正しいかは、後ほど王都でお決めいただくとして。先に、これをご覧いただけますか」
「何だ」
「今月の、着荷率です」
*
紙には、二本の線しか書いていない。
軍直轄輸送。王都出庫 千二百俵、砦着荷 七百三十俵。着荷率、六割一分。所要二十日。
民間中継輸送。王都出庫 四千八百俵、砦着荷 四千八百俵。着荷率、十割。所要十二日。
それだけである。ガルド監は紙を睨みつけ、それから鼻で笑った。
「数字など、書きようだ」
「はい。ですから、書いていない証拠も添えます」
私は営庭の隅を指した。そこに俵が二つ並べて置いてある。片方は軍直轄で届いた俵、片方は民間中継で届いた俵。どちらも規定は四貫。テオ曹長が天秤を持ってきた。
兵たちが集まってきた。増援の兵も、古参の兵も、輜重方の若い下士官も。誰も命令されていないのに、営庭の真ん中に人の輪ができた。
俵が載った。天秤は迷わなかった。軍直轄の俵が、するりと上がった。
二貫九分。
「……なんだそりゃ」
誰かが言った。それから、輪のあちこちで同じ言葉が上がった。
「三貫もねえぞ」
「これが、俺らの規定量か」
「去年の冬、これ食ってたのか」
ガルド監の顔から血の気が引いていくのが見えた。私は静かに言った。
「監殿。あなたは盗んでおられません」
大男が、こちらを見た。
「一俵も横領しておられない。書式も揃っている。払い下げも合法です。……ただ、古い麦から先に出しただけです」
「輜重の常道だ! 古いものから使う。当たり前のことだ」
「食べ物の話であれば、そうでしょう。ですが、これは二十日かけて運ぶ荷です」私は、軽いほうの俵をそっと押した。「二十日運ぶあいだに、古い麦はもっと古くなります。目減りしたぶんは誰にも数えられません。数えられないので帳簿は完璧なまま——そして、蔵は空になります」
ケルヴ兵曹の声が、輪の後ろから飛んだ。
「十年だ。俺の控えに十年分ある。読み上げてやろうか、監殿」
*
ガルド監の更迭は、七日後に王都から届いた。罪状は横領ではない。「輜重の管理不良」である。降格のうえ、南方の倉庫番。私はその辞令を見て、少しだけ複雑な気持ちになった。この人はたぶん最後まで、自分は正しいことをしたと思っている。
輜重は、テオ曹長が預かることになった。
「自分に、務まりましょうか」
「蔵を見てから判を押す人なら、務まります」
*
王都に呼び戻されたのは、雪解けを待たない冬の初めだった。兵站府の一室、前と同じ座り方で、軍務卿レーゲンが待っていた。
「よく届けた」
穏やかな声だった。
「十割だそうだな。十八年、六割で凌いできた国だ。そなたのおかげで、北の兵が腹を空かせずに冬を越す。礼を言う」
「……恐れ入ります」
「輜重監の件も、聞いた。惜しい男だったが、管理が甘かった。処分はやむを得まい」
私はその言葉の滑らかさに、背筋が冷えた。この人はガルド監を守らなかった。守らずに、切り離した。切り離しても、自分の名はどこにも出てこない。なぜなら、どこにも書いていないからだ。
「軍務卿閣下」
「うむ」
「一つ、お伺いしても」
「申せ」
「輜重監に、古い麦から出せとお命じになったのは、どなたでしょうか」
レーゲン閣下は少しだけ首を傾げ、そして、たいへん困った顔で微笑んだ。
「誰も命じておらぬよ。あれは慣例だ」
*
部屋を出ると、廊下の窓辺にフィオナさんが立っていた。写字方の下働きの装いで、綴りの束を抱えている。すれ違いざま、彼女は前を向いたまま小さく言った。
「先輩。ゼルトが半作です」
「……ゼルト」
「東の穀倉です。王国の麦の、四割を作っています」
抱えた綴りの角が、私の腕に触れた。
「半分しか、実りませんでした」
第八章「北の号砲」、決着です。ガルド監は横領していないので、ざまぁの決め手は告発ではなく、天秤ひとつになりました。俵が上がった瞬間に兵たちがざわつく——数字より、この一場面のほうが強いと思って書いています。そして軍務卿レーゲン。ロイドが十二日で届けた手柄を、穏やかに労い、輜重監を切り離し、自分は「慣例だ」と言う。この人は最後まで、悪いことを何一つしません。次章から冬です。荷は、通せば届く。ですが、そもそも荷が無いときはどうするか——ロイドが初めてぶつかる壁です。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




