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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第56話:兵曹殿、消えた物資はこの王国に存在しないそうですね

 本日の荷:古い縁、ひとつ。


「ケルヴだ。名乗るほどの階級じゃねえがな」


 老兵は湯を沸かしながら、そう言った。ヴェルロの砦から北方へ回されて、二年になるという。


「隊長殿がヴァルガの件で証言台に立ったろ。あれで西部の砦は真っ当になった。真っ当になったんで、俺みたいな口の悪い古狸は用済みだ。北へ回されたよ」


「……申し訳ありません」


「馬鹿。褒めてんだ」ケルヴ兵曹は、欠けた椀に湯を注いだ。「十八年、誰も動かせなかったもんを、兄さんが動かした。俺ぁあの日、砦で酒を飲んだよ。これで俺の砦は六割じゃなくなるってな」


 湯気の向こうで、老兵の目が細くなった。喜んだ顔のまま、目だけが笑っていない。


「で、北へ来てみたら、ここが六割だ」


   *


 私は砦側の主計控えを見せてもらった。王都の受領綴りには毎月千二百俵、砦の主計控えには実際に蔵へ入った量。両方を月ごとに並べると、線が二本、はっきり分かれた。六割一分。六割三分。五割九分。


「兄さん。俺は前に言ったよな」ケルヴ兵曹が椀を置いた。「『消えた』物資なんてもんは、この王国には存在しねえって」


「覚えています」


「あれ、まだ生きてる。帳簿が完璧だからだ」


「今度は、消えてすらいないんです」私は言った。「俵は着いています。中身が減っているだけです」


 老兵はしばらく黙って私を見て、それから、へっ、と笑った。


「……なるほどな。虫食いの古麦を、規定量きっちり。よく考えやがる」


「証明できますか」


「できるさ」ケルヴ兵曹は、机の下から埃をかぶった綴りを引きずり出した。「俵の目方だ。うちは着荷のたびに秤にかける。規定は一俵四貫。実際に来るのは、二貫八分から三貫二分の間だ。十年分、全部ある」


 私はその数字の列を見た。荷は嘘をつかない。俵の中身が減っていても、秤は正直に軽いと言う。


「テオ曹長にも聞きました。荷が着く前に受領印が来ると」


「押してんのは輜重方の若造だ。ありゃ悪人じゃねえ、ただの下っ端だよ。上から来た紙に判を押すのが仕事だと思ってる」


「その紙は、どこから来ますか」


「輜重監の名でな。……だが、輜重監に『そうしろ』と言った紙は、一枚もねえ」


 私は顔を上げた。十年紙を見てきた男が、無いと言い切ったのだ。「一枚も」


「ねえよ。俺は十年、この砦で紙を見てるが、軍務卿の名が入った命令書ってのを、一度も見たことがねえ」


   *


 問題は動かし方だった。証拠が揃っても荷は止まったままだ。ハウザーさんの停止命令は生きているし、書式は永遠に不備であり続ける。


 私は主計室を借りて、軍の例規集を最初から読んだ。二晩かかり、三度居眠りをした。そして三度目に目を覚ましたとき、指の下にこう書いてあった。


『軍属の車馬は、軍道の通行を妨げられない』


 軍属。


「テオ曹長」私は主計室から飛び出した。「軍の傭役って、どうやって登録しますか」


「傭役、でありますか。人足や車引きを一時雇いする制度でありますが……砦の輜重方の権限で、その場で登録できます」


「その場で」


「はい。戦時は人手が要りますので。曹長以上の署名で足ります」


「曹長以上」


「……自分は、曹長であります」


   *


 三日後、北街道の合流点で、リンドから来た四十台が止まっていた。その一台ずつに、テオ曹長が木札を配って歩く。焼き印の入った、指の長さほどの札である。


『ハルダ砦輜重方 傭役』


「これで、あんたらは軍属だ」テオ曹長は、声を張り上げた。「軍属の車馬は、軍道の通行を妨げられない。——胸を張って通れ!」


 御者たちが、どっと湧いた。札を掲げて振り回す者もいれば、大事そうに懐へしまう者もいる。


「差配役さん、俺ら兵隊になったのか!」


「なっていません。日雇いです」


「日雇いかよ!」


「日雇いですが、軍道は通れます」


   *


 軍道は良い道だった。まっすぐで、広く、橋が架かっていて、宿駅がある。雪掻きも行き届いている。四十台の隊列は街道の膨らみを丸ごと省いて、まっすぐ北へ走った。


 途中の関で、軍装の門番が眉を吊り上げて隊列を止めた。


「民間の車輪は通せん」


「軍属です」テオ曹長が木札を掲げた。「ハルダ砦輜重方の傭役。例規第四十一条」


 門番は札を検め、しばらく黙り、それから渋々と門を開けた。私は隊列の後ろで、ユーゴに小声で言った。


「規則は嘘をつかないそうです」


「はい」


「本当でした。この条文も、私に嘘をつきませんでした」


   *


 その晩、初雪が降った。リンドの峠は閉じ、開くまでに五日かかるとマーヤさんの三十年の紙が告げていた。だが、荷はもう峠の向こう側にいる。


 私はハルダ砦の営庭で、麦の俵が蔵へ運び込まれていくのを見ていた。四貫の俵を、兵たちが二人がかりで担ぐ。担いだ兵の一人が、担ぎ上げた瞬間、動きを止めた。


「……重い」


 兵はもう一度担ぎ直し、それから隣の兵に言った。


「おい。重いぞ、これ」


 営庭の静けさが、そこでほどけた。担ぎ手が入れ替わるたび、同じ言葉が上がる。重い、重い、と。四千人が二年ぶりに聞く、良い報せの言い方だった。


「荷は嘘をつきませんよ」私は誰にともなく言った。「嘘をつくのは、いつだって、荷札を書く側です」

ケルヴ兵曹、ようやく名前がつきました。第一部の「兄さん」呼びをそのまま引き継いでいます。あのとき彼が言った台詞が、北の果てで生きていました——元栓を替えても、仕組みが残っていたわけです。そして今回の突破口は、殴り込みでも告発でもなく、例規集の一行。「軍道は軍属しか通れない」なら軍属になればいい、という、いつもどおりの倉庫番の解き方です。俵を担いだ兵が「重い」と言う場面が、この章で一番書きたかったところでした。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!

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