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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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55/58

第55話:規則は嘘をつきません(と、その方はおっしゃいました)

 本日の荷:書式、十一枚。


 停止の翌朝、私はリンドへ引き返した。広場には荷が積み上がったまま雪をかぶっていた。御者たちが手持ち無沙汰に火を囲み、馬が湯気を上げている。四十台ぶんの人と馬が、一日、丸ごと止まっていた。


「不備って、どこよ」


 マーヤさんが、湯気の向こうで腕を組んだ。


「それが、書いてありません」


「書いてないの?」


「書いてありません」


 女将はしばらく私の顔を見て、それから盛大に鼻を鳴らした。


「うちの宿でそれやったら、客に殴られるわね」


   *


 私は宿の一室を借りて、書式を全部並べた。運送請負の願書、荷役人足の名簿、馬車の台帳、宿駅ごとの割符控え、積替の記録。合わせて十一種類。どれが不備なのか分からないので、全部を作り直すことにした。


 旧様式で出したものは新様式に。新様式が示されていないものは王宮商務局の一般様式に倣って。押印の欠けているところには、宿駅ごとに人をやって判をもらった。二日かかった。二日というのは、峠が一回、開いて閉じる時間である。


 書類の束を王都へ送り、三日待った。返事が来た。


『荷役人足の名簿につき、様式改定あり。新様式にて再提出されたし』


 ……改定。私が名簿を出した、その日に。


   *


 もう一度作り直した。今度は四日かかった。返事。


『積替記録につき、宿駅ごとの様式の統一を要す』


 作り直した。五日。返事。


『馬車台帳の車軸番号欄、記入漏れあり』


 車軸番号という欄は、前回の様式には存在しなかった。私は四十台ぶんの車軸番号を数えに行った。番号は刻印で打たれている。雪をかき、車体の下に潜り、油と泥を布で拭って読む。一台につき四半刻。四十台で、丸一日と半分かかった。書いて、送った。返事。


『積替記録の宿駅欄、割符番号との対照表を添付されたし』


   *


 私は宿の机に額をつけて、しばらく動かなかった。


「先輩、大丈夫ですか」


「大丈夫ではありません」


「珍しいですね、先輩がそう言うの」


「珍しいので、覚えておいてください」


 私は顔を上げた。十四日、止まっていた。初雪までの猶予は残り十二日で、峠が開くのはあと三回か四回。その間に四千人ぶんの冬を通さねばならない。そして私はこの十四日、ひたすら紙を書いていた。荷は一俵も動いていない。


「……見誤りました」


 私は認めた。認めるのは、慣れているつもりだった。


「私は、これを嫌がらせだと思っていたんです。嫌がらせなら、どこかで飽きる。相手にも手間がかかりますから」


「違うんですか」


「違います。あの方は、飽きません」


 ハウザーさんは一度も怒鳴らなかった。一度も断らなかった。書式を受け取り、丁寧に読み、丁寧に不備を返してくる。悪意をどこにも置かない。私は人の悪意を見つけるのが遅い。それは自分でも分かっていた。だが今回の相手は悪意を置いていないのだ。見つけようがない。


   *


 その夜、火の番をしていた御者の一人が、私の隣に腰を下ろした。


「なあ差配役さん。俺ら、いつまで待てばいい」


「分かりません」


「正直だな」男は笑って、火に枝をくべた。「うちのは待てるよ。飯は出てるし、馬も休めてる。……ただ、砦の連中は待てんだろ」


「ええ」


「あんた、砦へ行ったんだよな。どうだった」


 私は、あの薄い粥を思い出した。底の透けた椀を。冷めるまで待つと言った少年兵を。


「静かでした」


 男は枝をくべる手を止めた。


「静かってのは、悪い話だな」


「悪い話です」


「……なあ差配役さん。俺の倅も、去年から兵隊だ。西の砦だがね」


 私は答えなかった。答える言葉を持っていなかった。男はしばらく火を見て、それから独り言のように言った。


「あんた、紙を書いてる時、いい顔してねえよ。荷を捌いてる時の顔と、まるで別人だ」


   *


 翌朝、私はリンドを出た。止まっている荷を見ていても荷は動かない。動かす鍵は、この町にはない。


 行き先はハルダ砦の主計室だった。あそこには王都の帳簿と食い違う数字が十年分ある。食い違いは、必ずどちらかが嘘をついている。嘘をついているのが荷でないなら、あとは一つしかない。


 主計室の戸を開けると、机の向こうで白髪頭の老兵が顔を上げた。肩章は主計兵曹、歳の頃は六十前。皮肉っぽく曲がった唇に、私は見覚えがあった。三年前、西部国境ヴェルロの砦で、毛布二百枚の検品に立ち会った男だ。


「……兵曹殿」


 老兵は私を見て面倒くさそうに片眉を上げ、それから、へっ、と鼻で笑った。


「よう。台帳の兄さんじゃねえか。まさか北の果てで会うとはな」

第三部でロイドが最初に負ける回です。書式で殴られました。第二部までの敵は「悪いことをする人」だったので、悪意を探せば見つかりました。ハウザーは悪意を置きません。丁寧に、誠実に、規則どおりに、荷を止めます。ロイドの弱点(人の腹が読めない)が、これまででいちばん綺麗に突かれた形です。……そして、主計室の老兵。第一部で名前を出さないまま、ずっと大事な仕事をしてくれた人が、ようやく再登場です。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!

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