第53話:雪の宿場町リンド、駅逓の女将は道を知っている
本日の荷:毛布二千枚、雪待ち。
リンドは、北街道が山にぶつかる場所にあった。街道はここで一度息を止め、細くなって峠へ登っていく。町はその踊り場に、屋根を寄せ合うようにしてしがみついていた。屋根はどれも急な傾斜で、軒下に長い棒が立てかけてある。雪を落とす棒だ。
まだ十月だというのに、山の中腹から上が白い。この町は、冬が来る場所ではなく、冬が居座る場所なのだと分かった。
「毛布二千枚ね。はいはい、置き場は裏の三番蔵。……で、いつ峠を越えるつもり?」
駅逓の帳場から出てきたのは、四十がらみの女将だった。前掛けで手を拭きながら、荷車の列を上から下まで一息に数える。
「マーヤと申します。この駅逓の切り盛りをしております」
「ロイド・ハーヴェンです。北方への兵站を——」
「知ってる。三日前から早馬が五本、うちを通ったもの」女将は、にやりと笑った。「戦だの兵站だのって話は、峠より先に駅逓へ着くのよ。お客さん、峠は初めて?」
「初めてです」
「じゃあ、いちばん大事なことを教えとくわ」マーヤさんは、指を一本立てた。「雪の峠はね、閉じるんじゃないの。閉じたり開いたりするの」
*
その意味は、翌朝わかった。夜明けの峠道は膝まで雪に埋もれていて、とても荷車の通れる状態ではない。だが昼過ぎ、南からの風が入って雪が緩み、轍が二本、黒く浮き上がった。夕方にはまた白く消えた。開いて、閉じて、また開く。
「三日に一度、半日だけ開く。それが今の時期。深くなると五日に一度、半日。真冬は十日に一度、二刻」マーヤさんが帳場の壁に貼った紙を指した。日付と線と丸が、びっしり並んでいる。「駅逓は毎日、峠番から報せを取ってる。三十年ぶんある」
私はその紙の前で足が止まった。
「……三十年」
「うちのお祖母さんの代からね。読める?」
読めた。読めすぎて、少し目眩がした。風の向きと、前日の気温と、雪の深さ。三十年ぶんの記録は、峠が開く日をほとんど言い当てていた。誰も台帳と呼んでいないだけで、それは立派な台帳だった。
「マーヤさん。この紙、写させてください」
「いいけど。何に使うの、こんなもの」
「荷を、開いている半日に間に合わせます」
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問題は、間に合わせ方だった。峠が半日しか開かないなら、その半日に全部の荷を通すしかない。だが荷は麓に少しずつ着く。着いた順に登れば、半分は閉じた峠の前で足止めを食う。
「だから溜めます」私はリンドの広場に線を引いた。「峠の下に荷を溜めます。開く日の前夜までに、通す分をここへ全部集める。開いたら、一斉に登る」
「一斉にって、何台よ」
「四十台」
マーヤさんが前掛けを取り落とした。「うちの町、そんなに馬をつなぐ場所ないわよ」
「宿の裏と、教会の前と、駅逓の車寄せと、あと——」私は町を見回した。「川原が使えます。凍る前なら」
「凍ったら」
「凍ったら、そこは道になります」
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支度に、ユーゴが走り回った。橇の手配、蹄鉄の履き替え、雪掻きの人足。トゥーレから来た御者たちは峠を知っているが雪の峠は知らず、リンドの御者は雪を知っているが四十台の一斉運行を知らない。両方を繋ぐのが私の仕事だった。
「先輩。リンドの若い衆が、『よそ者の段取りで走れるか』って」
「そうでしょうね」
「……あの、怒らないんですか」
「怒りませんよ。私も、初めての峠に四十台で突っ込めと言われたら、まず相手の顔を見ます」
私はマーヤさんに頼んで峠番の老人を紹介してもらい、四十台の隊列の先頭をその老人に任せた。段取りは私が組む。走る順は、雪を知っている人が決める。
「よそ者が先頭に立たないなら、まあ、聞いてやってもいいわね」マーヤさんは、そう言って笑った。
*
三日後、峠は昼の四刻から半日、開いた。四十台が一斉に登った。橇が雪を噛み、馬が白い息を吐き、御者たちが声を掛け合いながら、毛布二千枚と麦五百俵が峠を越えていった。閉じる前に、最後の一台が下りきった。
「初回にしては上出来」マーヤさんが、湯気の立つ椀を寄越した。「ねえ差配役さん。あんた、ずっとこうやって荷を通してきたの」
「ええ。ただ、いつもは相手が雪ではなく人でしたが」
「どっちが厄介?」
「雪です」私は椀を受け取った。「雪は、嘘をつきませんから」
*
その晩、ハルダ砦から返書が届いた。急使が息せき切って持ってきたわりに、文面はごく短かった。
『兵糧の儀、承知。なお当砦の蔵には、規定量の麦、既に着到あり。重ねての手配、無用に候』
私はその一行を三度読んだ。……おかしい。私が今、峠を越えさせた麦は五百俵。これが最初の一荷だ。それより先に規定量が「着いている」はずが、ない。
リンドの女将マーヤ、登場です。第二部の誇り枠が老人ふたり(ボルグ・オデル)だったので、今回は町の情報を握る女将にしました。三十年ぶんの峠の記録——本人は台帳だと思っていない台帳です。ロイドがこういうものを見つけると、だいたい荷が動きます。そして砦からの「もう届いている」という返書。西の国境砦で兵糧の四割が消えていた話を覚えておられる方は、そろそろ嫌な予感がしてきた頃かと思います。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




