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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第52話:通行証のない街道は、地図の上では通れます

 本日の荷:兵糧千二百俵、通行証なし。


 王都の北郊、兵站蔵。千二百俵の麦が積み上がっていた。その脇に毛布二千枚、鉄材が三十梱。四千人が冬を越すための、最初の一荷である。そして、その荷を積むはずの馬車が、一台も動いていない。


「小官は認めておらぬ」


 蔵の前に立ちはだかっていたのは軍装の大男だった。輜重監ガルド。北方輜重の総元締めで、この蔵の荷を出す権限を持つ人である。


「民間の車輪に、軍の道を踏ませるわけにはいかん。輜重は軍の骨だ。骨を余所者に貸す軍が、どこの国にある」


「では、軍の馬車で運んでいただけますか」


「無論だ。規定どおり、二十日で届ける」


「初雪までは四十日です。往復すると、二回で八十日。増援二千の冬の分は、二回では足りません」


 ガルド監は、ぴくりとも表情を変えなかった。


「規定どおりだ」


 規定どおり。今日、二度目に聞いた言葉だった。私は蔵の中をもう一度見た。千二百俵の麦は美しく積んである。角が揃い、通路が真っ直ぐで、帳面の順に並んでいる。整った蔵だった。整った蔵を作れる人が、四千の兵を飢えさせている。


「監殿。一つだけ伺います」


「なんだ」


「ハルダ砦の蔵を、ご覧になったことは」


「小官は輜重監だ。蔵ではなく、輜重を見る」


   *


 街道沿いの宿に戻り、私は地図を広げた。


 王都から北方国境ハルダ砦まで、軍道を通れば二十日。まっすぐで、広く、橋が架かっていて、宿駅がある。良い道だ。通れれば。


 通れないので街道を見る。王都から北へ抜ける街道は、途中で三度、大きく西へ膨らんでいた。川を渡れる浅瀬が西にしかないからだ。膨らんだぶん二十四日。軍道より四日遅い。


 ……のだが。私はその膨らみの底に、見慣れた形を見つけた。


 西部環状線。二年かけて繋いだあの輪の、いちばん北の弧。トゥーレ峠を越えた先が、北街道の膨らみに指一本分だけ触れている。


「ユーゴ」


「はい、先輩っ」


 王都まで供をしてきたトゥーレ残留組の若い衆が、跳ねるように顔を上げた。


「トゥーレの中継所には、今、馬車が何台いますか」


「ええと、常備が十八台。今の季節なら、峠越えの帰り荷待ちが、たぶんもう十台くらい遊んでます」


「レームは」


「川止め前だから、船が出払って——でも陸の荷車は空いてます。二十台は出せるかと」


「カヴァルは」


「鉄を積んだ荷車が、王都へ向かって出たばかりです。空荷で帰ってきます」


 私は地図の上の輪と、北へ伸びる街道を、指でなぞって繋いだ。繋がった。


「ユーゴ。良い報せと悪い報せがあります」


「悪いほうから聞きます」


「軍の道は使えません」


「良いほうは」


「使わなくていいことが分かりました」


   *


 私が組んだのは、単純な話だった。一台の馬車が王都から北の果てまで走るから二十四日かかる。ならば、走らせなければいい。


 王都からトゥーレまでを西部の御者が、トゥーレから北街道の合流点までを峠に慣れた御者が、合流点から先を北の宿場町の馬車が。それぞれ自分の知っている道だけを全力で走り、荷は宿駅ごとに積み替える。継ぎ送り。三年前、峠の夜道を駆けて薬荷を届けたときと、まったく同じ理屈である。違うのは距離が二十倍あることだけだ。


「積み替えのぶん、時間食いませんか」


「一回の積み替えで、およそ一刻。四回で四刻」


「四刻も」


「四刻です。そのかわり、馬が休みません。夜も走れます」


 私は算盤を弾いた。


「十二日」


 ユーゴが、口を開けた。


「軍道の、半分——」


「軍道を使わずに、です」


   *


 もっとも、絵が描けたところで荷は動かない。千二百俵の麦はいまだガルド監の蔵の中にある。出庫の判を押すのはガルド監で、その上に軍需監ハウザーさんがいて、そのまた上に、何も書かない人がいる。


 私は蔵へ戻り、出庫の願いを差し出した。ハウザーさんは笑顔で受け取り、それからたいへん申し訳なさそうに首を傾げた。


「差配役殿。この書式、旧様式でございます」


「では、新様式を」


「今、作らせております」


「いつ、出来上がりますか」


「作らせておりますので」


 この方は断らない。断らずに、間に合わせない。断られたなら食い下がれる。約束を破られたなら詰め寄れる。だが「作らせております」には、掴む取っ手が一つも無い。


 私はその日、宿へ帰る道で、初めて相手の顔を思い出せないことに気づいた。人当たりの良い笑顔だけが残って、その下の造作が思い出せない。


   *


 その晩、北から早馬がもう一騎来た。リンドの駅逓からの継ぎ便だという。北街道の、雪の関門にあたる宿場町だ。


 文は、たった一行だった。


『峠、もう雪。』

輜重監ガルド、登場です。彼は横流しをしません。袖の下も取りません。ただ「規定どおり」に動くだけで、その結果、兵が飢えます。第二部の敵が「悪いことをする人」だったのに対し、第三部の敵は「正しいことしかしない人」です。そしてロイドの答えは、いつもどおり戦うことではなく、継ぎ送り。二年かけて作った西部環状線が、こんな形で北への足場になりました。作ったものは、いつか使いどころが来るものです。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!

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