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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第51話:王都から早馬。北で戦が始まったそうです(※私は倉庫番です)

 本日の荷:戦の報せ、一通。


 夜明け前に来たのは、麦ではなかった。北から早馬が一騎。アルバ中継所の門を叩いた使者は、鞍から降りるより先に書状を差し出して膝をついた。馬の脇腹が、ふいごのように鳴っている。


「王都より。至急」


 封蝋は王宮兵站府のもの。私は蝋を割り、二行読んで、それから厩へ声を張った。


「ガッシュさん。ヴェルン行きの空荷を一台、止めてください。私が乗ります」


「兄ちゃん、朝飯は」


「道で食べます」


 ……念のため申し上げますが、私は倉庫番です。戦とは、およそ縁のない職種のはずでした。


   *


 北方国境で、動乱が起きた。国境の川を越えてきた騎馬の群れが村を三つ焼き、王国はハルダ砦へ増援二千を送ると決めた。砦の駐屯は元から二千。合わせて四千の胃袋が、雪の来る北の果てで冬を越すことになる。そして、その四千を食わせる荷を運ぶ役に、私の名が書かれていた。


   *


 王都まで六日の道中、ずっと同じことを考えていた。第一兵站路線という名を、私は帳簿の上でしか知らない。王都から北方国境まで、王国でいちばん長い兵站の道だ。三年前まで毎月集計していた路線表の、いちばん上に載っていた。


 いちばん上に載っている路線は、いちばん金が動く。金が動く場所には必ず誰かの手が伸びている。そう教えてくれたのは師匠で、教わった当時はただの世間話だと思って聞き流していた。


 王都の兵站府の一室で、私は久しぶりに古巣に近い匂いを嗅いだ。紙と埃と判子の朱肉。この匂いの中で、私は三年、荷札を書いていた。


「よく来た、ハーヴェン差配役」


 上座にいたのは、白髪を短く刈った痩せた老人だった。軍装ではなく地味な文官の着物で、声は穏やかで、押しつけがましいところが少しもない。


 軍務卿レーゲン。名を書かない手を、私はこのとき初めて正面から見た。


「先の諮問での働き、聞いておる。侯爵の一件はご苦労だった。あれで王国の兵站は、ようやくまともになる」


「……恐れ入ります」


「そなたに任せたい。第一兵站路線——王都から北方国境ハルダ砦まで。増援の兵糧と毛布と鉄を、初雪までに通してくれ」


 労いも下命も優しかった。優しすぎて、輪郭がない。私は思わずこの人の手元を見た。机の上に筆はある。硯もある。だが、書状の決裁欄には何も書かれていなかった。


「命令書は」


「口で足りよう。急ぎだ」


 私は一礼して書状を受け取り、受け取りながら机の上をもう一度見た。硯は使われている。墨も磨ってある。筆先は湿っていた。この方は今朝も何かを書いている。書いていて、この書状にだけ書かない。


 急ぎだから、ではない。


   *


「軍需監のハウザーと申します」


 部屋を出たところで、灰色の官服の男が待っていた。歳の頃は四十。人当たりのいい顔立ちで、笑うと目尻に皺が寄る。


「以後、差配役殿の書類は私が受けます。何なりと」


「助かります。まずは軍道の通行証を」


「規則がございましてね」ハウザーさんは、笑顔のまま言った。「軍道は軍属のみ。民間の車輪は通せません」


「では、荷はどこを通れば」


「街道が、ございましょう」


 そして、たいへん親切な口調でこう続けた。


「規則は嘘をつきません。私が申し上げるのではなく、規則がそう申しております」


 ——ああ。私はその日、初めて、荷札を書く側ではない嘘のつき方を見た気がした。


   *


 兵站府の裏門で、フィオナさんが待っていた。相変わらず、外套の頭巾を目深に被っている。


「先輩。軍務卿の帳場、入れました。写字方の下働きです」


「危ないですよ」


「経理ですから」いつもの平らな声。「十八年分の決裁綴りを毎日運んでいます。運びながら、数えています」


「何をです」


「空白を」


   *


 その夜、宿でアルバへの返信をしたためた。ティナさんへ、留守は長くなる、と。返事は三日で届いた。


『分かってる。あんたが留守でも、アルバは回るわよ。あたしがいるんだから。見習いの間は机が十六。トゥーレのユーゴも、レームのリコも、みんな一人前の顔して荷を数えて——じゃなくて、流れで覚えてる。だから安心して、遠くまで行ってきなさい。』


 それから、追伸が一行。


『無理はしないこと。荷物と一緒に帰ってくること。二度目よ、これ』


 私は笑って委託状を鞄にしまった。その拍子に留め紐がほどけて、中身が机に散った。委託状、荷の目録、宿駅の割符——


 通行証が、一枚も入っていない。


 王都から北方国境まで二十日。初雪まで、四十日。

第三部「王国兵站編」、開幕です。舞台は西部環状線を飛び出して、王国の北の果てまで。今度の荷は四千人分の胃袋、期限は初雪、そして雇い主が敵という状況からのスタートです。軍務卿レーゲン、初登場。侯爵のように影に隠れず、最初から穏やかな顔で出てきました。何もしない、書かない、優しい——この人の「何もしなさ」が第三部の芯になります。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!

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