第48話:王宮諮問、侯爵と辺境伯の最後の綱引き
本日の荷:王国の流れ、審議中。
王都に入るのは、二年ぶりだった。追放された朝、東門の荷捌き場を背に出ていった男が、今度は辺境伯家の名代として、表門から入る。門番が三つ星の通行証に頭を下げた。同じ門、同じ荷の匂い。変わったのは、私の肩書きだけだ。
「……感慨深いお顔ですね、先輩」
出迎えのフィオナさんが、相変わらず平らな声で言った。
「浸ってません。東門の積み方が、私がいた頃より二割は遅くなりました」
「二年ぶりの都で、最初の感想がそれですか」
「都ではありません。前の職場です」
フィオナさんは小さく息を吐き、歩きながら切り出した。「諮問は明日、大詰めです。フェルズ侯爵の『共同運営体』案と、辺境伯家の『中継網委託』案。侯爵の案は、王国じゅうの街道拠点を侯爵家の『運営体』に束ねる、と。束ねた先で、どの荷をどこへ流すかを決めるのは、侯爵。元栓の握り方を、制度にしてしまう案です」
「壊れた蛇口を直すふりで、元栓ごと自分の家に付け替える」
「経理として言えば、腹立たしいほどよくできた案です」
*
翌日、王宮商務局の議場。馬蹄形の長机に委員が居並び、上座に議長、右の列に辺境伯ウェルナーとセドリックさん。辺境伯は私を見つけ、場に似合わぬ声で笑った。
「来たか、儂の名代。数字は持ってきたか」
「実績なら、荷馬車一巡り分。西部環状線、全通しております」
「がはは、それで充分だ。儂は誠実さに興味はない。届く荷に興味がある」
その時、議場の大扉が、音もなく開いた。人が入ってきたのに、足音がしなかった。それが、フェルズ侯爵について私が最初に覚えた印象だ。銀の混じった髪、地味なほど上等な外套。ただその人が一歩踏み入れただけで、議場の空気が水を張ったように静まった。
「遅参をお詫びする。荷の話をしていると伺い、居ても立ってもおられずでね」
侯爵は私を見た。冷たくはない。むしろ穏やかで、丁寧で——底が、まるで見えない。「辺境伯どのの名代、ロイド・ハーヴェンどのだね。噂はかねがね。たった二年で王国西部を繋いでみせた御仁だ」
「繋いだのは私一人ではありません。荷が、繋がりたがっていただけです」
「謙遜も、行き過ぎると嫌味になる」侯爵は傍らへ目をやった。「ヴェイン。あれを」
灰色の外套の男が、音もなく進み出た。この二年、決着の直前にふっと消える背中——ヴェイン書記官。侯爵の、署名をしない手だ。卓に積まれたのは、一束の書付。関所の徴税吏、川港の商人、鉱山の親方筋の訴え。いずれも「辺境伯家の名代が、法を無視して拠点を我が物にした」という趣旨。キッツ、ベルガ、グロム——私が立て直した拠点で甘い汁を吸えなくなった実行者たちが、今度は「被害者」として並んでいた。
「買われましたね」思わず零れた。「みごとに」
「人聞きの悪い。声の小さな者の訴えを、拾い集めているだけだ」侯爵は書付を議長の前へ滑らせた。「実績、実績と言うがね。数字は、書く者の心ひとつで、どのようにも化ける。——そうだろう、台帳の玄人どの」
辺境伯が卓を鳴らして立ちかけるのを、セドリックさんが袖で制した。ここで声を荒げれば、「粗暴な辺境の理屈」という筋書きに乗ることになる。うまい手だ。溜め息が出るくらい。
「ハーヴェンどの」白髭の委員が身を乗り出した。「貴殿の『全通した』という実績とて、書付の上のこと。これに、どう答える」
慌てて手札を切れば、逃げ道を用意する時間を、向こうにやってしまう。
「答えは、明日、荷でお見せします」私は頭を下げた。「数字はこしらえもの、と仰る。ならば、こしらえようのないものを持って参ります。荷が、どこへ消えたか。その現物を」
議長が、静かに頷いた。「よかろう。明朝、再開する」
侯爵は何も言わず、いっそう穏やかに微笑んだ。その微笑みが、私は一番、苦手だった。
*
翌朝、まだ暗いうち。人気のない回廊で、私は侯爵と行き合った。狙って、だろう。この人が偶然を装うとは思えない。
「ハーヴェンどの」侯爵は窓の外の都を眺めたまま言った。「私はね、阿呆は嫌いではない。値が知れている。安く使えて、後腐れがない。——困るのは、君のような者だ。利口者は、いちばん高くつく」
背筋の裏を、冷たいものが撫でた。その言葉を、私はもう一人の口から聞いたことがある。二年前、静かに崩れていった、あの商会長の口から。この人たちは、同じ井戸の水を飲んでいるのだろう。同じ味がする。
「安く売った覚えはありません」私は言った。「私はただの倉庫番です。倉庫番の値は、届いた荷の数で決まります。高いも安いも——荷が決めることです」
侯爵は、初めて少しだけ私のほうへ顔を向け、何も言わず、足音もなく去っていった。
じきに決着がつく。向こうには買われた証言と、几帳面な讒言。こちらには、フィオナさんが二年かけて集めた手形一枚——ロンダール質商で換金された、彼女が追い続けた終着点だ。荷は一箱でも数が合わなければ嘘がばれる。手形も、一枚あれば流れの向きが分かる。
「荷は嘘をつきませんよ」
白みはじめた回廊で、私は呟いた。嘘をつくのは、いつも荷札を書く側だ。ならば今朝は、その荷札を全部めくってみせるまでです。
第二部も、いよいよ大詰め。ついに元栓、フェルズ侯爵が姿を現しました。ガレオンが遺した「利口者はいちばん高くつく」を侯爵も口にする——二代にわたる敵が、同じ井戸の水を飲んでいる、という重ねです。侯爵の最後の手は暴力ではなく「讒言と買収」。ロイドの返し手は、次話。戦わないざまぁの総決算、いよいよです。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




