第47話:環状線、全通。侯爵の再編は空回りする
本日の荷:王国西部、ひと巡り。
署名のない書状は、思った通り、いちばん質の悪い命令を運んでいた。
グロムは翌朝、子分を峠へ上らせ、九十九折りの一番脆い路肩に、鉄梃と楔を打ち込ませた。峠そのものを、崖ごと落とすつもりだった。道を壊せば、この町は二度と荷の出ない「破綻拠点」になる。——それが、署名をしない手が、最後に書いた筋書きでした。
「親方が、峠を落とすってよ!」
報せに、坑道の広間が凍りついた。峠が落ちれば、鉄も、人も、二度とこの山を出入りできない。
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けれど、この日、カヴァルは、昨日までのカヴァルではありませんでした。
「ダグさん。峠の三つの組を、全部動かします。落とす前に、荷を全部、逆から流し出す」
「逆から?」
「グロムは、荷を止めて町を殺すつもりです。なら、止まる前に、全部出し切ればいい。継ぎ送りの段取りは、もう皆の身体に入っています。——今日は、山を空にする日です」
鉱夫たちが、一斉に動いた。丸太を並べ、橇を継ぎ、荷を割って、鉄鉱石を峠の向こうへ、堰を切ったように流していく。誰も、指図を待たなかった。段取りが、団結に変わっていた。
グロムの子分たちの、楔を打つ手が止まった。
「……親方。俺ら、もう、いい」
子分の一人が、鉄梃を地に置いた。「俺らも元は、この山の鉱夫だ。掘れねえって嗤われて、腕っぷしに拾われただけだ。……名代さんの段取りなら、掘れねえ俺の親父でも、荷が牽けた。今さら、この道を、落とせねえよ」
一人が退くと、次が退いた。子分たちが、一人、また一人、鉄梃を置いて、鉱夫の側へ戻っていく。
腕っぷしで縛った縄は、腕っぷしが利かなくなった途端、ほどける。グロムが握っていたのは、初めから、荷でも人でもなかった。人が怖がる、その心一つ。それが今、彼の手からこぼれ落ちていました。
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「てめえら……ふ、ふざけるなァ!」
グロムは、たった一人になった峠で、拳を振り上げた。殴る相手を探して、けれど、そこにいるのは、荷を流す鉱夫たちだけ。もう、誰も彼を怖がっていない。
殴りかかろうとした、その時。
「そこまでだ、親方」
峠の上から、辺境伯家の徴税吏と、トゥーレから来た研修生たちが、書付を手に下りてきた。関所町で私に付いた若い衆が、今は自分の足で拠点を回っている。手には、フィオナさんの固めた手形証跡と、署名のない例の書状。
「峠の崩落教唆。運搬独占。鉱夫からの過剰徴収。——後ろ盾の手形もろとも、辺境伯府がお預かりする」
グロムの腕が、宙で止まった。腕っぷしが運賃だと嗤った男の、その腕が、最後まで、荷を一粒も動かせないまま。
「荷は嘘をつきませんよ、親方」私は、彼の足元に散った鉄鉱石を拾って言った。「あなたが握っていたのは、荷ではなく、人の怖がる心でした。それが解ければ、腕は、ただの腕です」
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グロムを縛った縄の先を辿ろうとして、私は、宿の一室を検めた。灰色の外套の男は、もういなかった。卓の上に、燃やし残した帳簿の灰と、書きかけの楷書が一行。『次の路で』。ヴェイン書記官は、また、尻尾を切って逃げていた。
三度目です。関所で、川港で、鉱山で。——決着のたび、あの手はするりと抜ける。けれど、抜けた跡には、いつも同じ経由地が残る。ロンダール質商。逃げれば逃げるほど、荷の描く線は、一本に太くなっていきました。
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その日の夕、峠の頂で、私は西を見た。
カヴァルの鉄が、峠を越え、川港レームへ。レームの船が、木材を積んでアルバへ。アルバの帰り荷が、塩を積んでトゥーレの関所を越え、峠を下って、またカヴァルへ還ってくる。
ヴェルン——アルバ——トゥーレ——カヴァル——レーム——ヴェルン。
環が、閉じた。西部環状線、全通。師匠が図に描き、私がアルバで思い描いた、あの一巡りの路が、今日、初めて、丸ごと繋がった。詰まった拠点は、もう、どこにもない。
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その晩、アルバから、ティナさんの走り書きが届いた。業務連絡の体をした、業務連絡でない手紙。
『環が繋がったの、こっちにも荷で分かったわよ。今朝、カヴァルの鉄を積んだ馬車が、ぐるっと回ってアルバに帰ってきたの。二十年前に死んだ町を、荷が一周して、ちゃんと還ってきた。……お祖父ちゃんが、看板の前で泣いてた。あんたのせいよ。
で、あんたはいつ帰るの。逃げ足の係なら、帰り足も速いんでしょうね』
「……帰り足は、荷次第です」
私は、走り書きを畳んだ。それを「当たり前」と言える日が、この西部に、やっと来ようとしていました。
*
——数日後。王都から、フィオナさんの報告が届いた。
『先輩。王宮の空気が変わりました。フェルズ侯爵の「共同運営体」案は、「西部の拠点は破綻しており、抜本再編が要る」——この一点が、拠り所でした。ですが、その破綻拠点が、全部立て直ってしまった。再編する破綻が、もう、どこにも無いんです。侯爵の再編は、空回りしています』
そして、報告の最後に、一行。
『追い詰められた侯爵が、王宮諮問に、自ら出てくるそうです。……最後の勝負に、出るつもりですよ、先輩』
署名をしない手の、そのさらに奥の主が、ついに、荷の流れの前に、自分の名を晒しに来る。隠れるための「破綻」が、もう、どこにもない。残る手は、正面から出てくること、ただ一つ。追い詰めたのは、拳でも、剣でもありません。ひと巡り、繋がった、荷の道です。
私は、師匠の台帳を閉じた。次の荷の宛先は、決まっていました。王都です。
鉱山町編、完結——そして、西部環状線・全通です!グロムは腕っぷしを最後まで振るえないまま失脚。子分は元・鉱夫、段取りが団結に変わって、拳の側から人が去っていく。ヴェインはまたも尻尾切りで逃走(三度目)。でも逃げた跡には、いつも同じ経由地が残る。関所・川港・鉱山、三つの証跡がここに揃いました。次話からは、いよいよ王都・王宮諮問。フェルズ侯爵、初の直接登場です。元栓を、閉めに行きます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




