第46話:鉱石の行き先は、王都の武具蔵
本日の荷:兵站の鉄、行方。
フィオナさんが、カヴァルに来た。王都から三日、坑道の煤で灰色の町に、彼女は事務鞄一つで現れた。相変わらず、感情の目盛りが小さい。挨拶もそこそこに、鞄から書付の束を出す。
「先輩。座って聞いてください。長くなりますし、面白くない話です」
「面白い証跡に、会ったことがありませんよ」
「経理ですから、面白くなくて結構です」
彼女は、二つの帳簿を並べた。カヴァルの鉄鉱石の受け渡し帳と、王都で写してきた武具蔵の入荷控え。
「カヴァルの鉄の出目方と、武具蔵の入目方。ほぼ一致します。この山の鉄は、農具にも市場にもほとんど回っていません。掘られたそばから、まとめて武具蔵へ」
「一致、というのが、少し気持ちの悪い話でして」フィオナさんは眼鏡の縁を押さえた。「人の手が入った流れは、こんなに綺麗にはなりません。綺麗すぎる帳簿は、誰かが整えた帳簿です」
美しすぎる帳簿。壊れ方が美しすぎる、と辺境伯も言っていました。整いすぎたものの裏には、いつも、整えた手がいる。
*
「武具蔵の鉄は、そこから第七兵——」
「第七兵站路線、ですね」私は継いだ。
「ええ。この山の鉄は、鍬でも鎌でもなく、剣と鎧になります。……問題は、その鉄を、誰が、どんな値で握っているか、です」フィオナさんは、一枚の手形を卓の中央へ滑らせた。「武具の納めの元締めは、ロンダール質商を経由しています。先輩、この経由地、覚えが」
「フェルズ侯爵家の、御用の質商です」
「ええ。関所の横領も、川港の談合も、この鉱山の恫喝も。運賃を吊り上げた原資は、全部、ロンダール質商を通っていました。同じ懐から出て、同じ懐へ」
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私は、卓の上に、師匠の台帳を開いた。
表紙裏の《流路図》。図の中心、王都のあたりに、師匠が最後に残した、意味の取れない小さな印が一つ。師匠が辿り着けなかった、流れのいちばん奥の栓。元栓の絵だと、私はずっと思っていた。
その印の位置に、私は武具蔵とロンダール質商と第七兵站路線の、三本の線を、指で結んでみた。三本が、印の上で、ぴたりと交わった。
「……ここでしたか、師匠」
塩も、薬も、木材も、そして鉄も。西部で詰まった荷が、全部この一点へ向かって値を吊り上げられていた。元栓の名は——フェルズ侯爵。
ただ。印をよく見ると、その先に、もう一筋、ごく薄い線が伸びていました。武具蔵の、さらに向こう。剣と鎧が、最後に誰の手で使われるのか——その名は、まだ、印になっていない。
「先輩」フィオナさんが静かに言った。「元栓は、たしかに侯爵です。でも、この薄い線……侯爵も、まだ、栓の一つかもしれません」
「ええ。ですが、今日は、目の前の栓を閉めましょう。さらに向こうは、荷が、いずれ教えてくれます。荷は嘘をつきませんから」
師匠は、この印に辿り着いて、名前を書けないまま逝ったのだと思います。名前を入れるのは、弟子の仕事です。
*
その晩、私とフィオナさんは、証跡を一つに束ねた。
関所トゥーレの二重帳簿の写し。川港レームの談合の運賃控え。カヴァルの鉄の受け渡し帳。運び方は、横領、談合、恫喝とどれも違う。けれど、銭の出どころと還り先は一つでした。ロンダール質商。
「関所の代官も、川港の商人も、この山の親方も、みんな別々の顔でした」フィオナさんが、束の紐を結んだ。「でも、後ろで糸を引く手は、同じ一つ。ばらばらの悪事が、一本の紐で括れてしまう。これが、いちばん怖いんです、先輩」
「一つ、ということは——元栓を閉めれば、全部が、一度に止まる。そういうことです」
「元栓に、手が届けば、ですが」
「届かせます。荷が、道を、そこまで引いてくれていますから」
*
——同じ日。カヴァルの、寂れた宿の一室。
灰色の外套の男が、卓に向かって帳簿を写していた。ヴェイン書記官。侯爵の再編を回す、署名をしない手。感情の一切こもらない正確な楷書で、鉄の出目方を書き写していく。
「……名代殿は、ずいぶん筆が達者と見える」
男は独り言のように呟いた。声に、怒りも焦りもない。この男を、私はまだまともに見たことがない。関所でも川港でも、決着の場には、いつも既にいなかった。署名をしないのは、臆病ではありません。名を残さない者は、どこまでも遠くから手を伸ばせる。捕まるのは、いつも、名を書かされた手先のほうだ。グロムのような。
「腕づくの親方一人では、もう抑えは利きますまい。潰れる前に、この山の帳尻だけは、私の側で整えておかねば」
彼は、写し終えた帳簿を火にくべた。証跡を、片方だけ消すために。——ただ、去り際に、宿の主へ一通の書状を託した。差出人の欄は、白いままだった。
「これを、親方グロムへ。……最後のひと押しを、して差し上げよう」
*
その書状が何を書いていたか、私は翌朝に知ることになる。署名のない紙は、いつも、いちばん質の悪い命令を運んでくる。宛先だけが確かな荷は、たいてい、開けたが最後の代物でした。
繋がりました。カヴァルの鉄が王都の武具蔵へ、そこから第七兵站路線へ、元締めはロンダール質商、その奥にフェルズ侯爵。師匠オルソンの《流路図》の「元栓の印」が、ついに侯爵ラインと重なります。……が、印の先には、もう一筋、薄い線。侯爵も「栓の一つ」かもしれない——第三部への種を、そっと残しました。そして灰色の書記官ヴェインが、署名なき書状で最後のひと押し。次話、鉱山町編の決着、そして環状線・全通です。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




