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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第45話:殴られる前に、荷を逃がす(※私は逃げ足の係です)

 本日の荷:荷と、我が身。


 白状します。私は、人の悪意を読むのが、荷を読むより、ずいぶん遅い。


 人の腹の底は、帳簿に書いていません。師匠にはよく言われました。『お前は荷の道は読めるが、人の悪意の道は読めん。だから、いつも仲間を隣に置け』と。——今日ほど、その言葉が身に沁みた日は、ありませんでした。


   *


 グロムが「商い」を諦めたことに、私は気づくのが遅かった。


 運搬を握れなくなった彼に、残る強さは一つだけ。壊すことです。もう稼ぐ気などなく、段取りごと、人ごと、叩き潰すつもりだった。


 その朝、グロムの子分二十人が松明を手に、峠の積み替え場へ雪崩れ込んだ。並べた丸太を蹴散らし、橇を叩き割り、逃げ遅れた鉱夫に手をかけようとする。


「荷なんざ、どうでもいい!」グロムが吠えた。「動かせねえなら、動かせる奴を、全員叩き潰す! この山は、俺のもんだ!」


 これは、読めなかった。稼ぎを捨ててでも壊しにくる悪意を、私は勘定に入れていなかった。……本当に、この癖だけは、直りません。


 けれど、読めないなりに備えることはできます。悪意が来た時に誰も死なせない段取りだけは、組める。それが、荷しか読めない人間の、せめてもの意地でした。


   *


 真っ先に前へ出たのは、ガッシュさんだった。


「兄ちゃん、下がってろ!」


 彼は、逃げ遅れた老鉱夫とその孫を背に庇い、両腕を広げて仁王立ちになった。子分が殴りかかる。ガッシュさんは殴り返さない——ただ、拳を腕で受け、身体で壁になって、人を通さない。握れば殴り合いになり、背中の老人と孫を守りきれない。彼は、殴らないことで守っていました。


「兄ちゃんの荷が逃げるまで、俺はここの柱だ! 柱は動かねえもんだろ! がっはっは!」


 頬を割られても、その笑いだけは揺るがなかった。


「ダグさん、鉱夫を全員、東の枝道へ! 荷は捨てていい、人だけ逃がして!」


「荷を、捨てる……?」


「荷はまた掘れます。人は掘り直せません。逃げ足の段取りは、私の得意技です」


   *


 種を明かせば、これも、いつもの差配でした。


 私は差配所を掛けた日から、峠に三本の「逃げ道」を用意していた。荷を流す道は、そのまま、人を逃がす道になる。


「東の枝道へ、鉱夫。坑道の近道へ、女房と子供。荷車は——空のまま川筋へ走らせて、囮にします」


 空の荷車がけたたましく川筋へ駆け下る。グロムの子分の半分が「荷が逃げた」と思い込み、そちらへ追う。もちろん、荷は載っていません。


 私は、動けない者から先に逃がした。腰を痛めた、あの父親。息子が背負い、坑道の近道へ。——いちばん運びにくい荷から、先に。


「重い荷から先に段取る。倉庫番の癖です」私は、背負われていく父親に声をかけた。「いちばん大事な荷は、いちばん丁寧に運ぶものです」


「……はは、俺は荷か」父親が、揺れる背中でかすれ笑いをした。「なら、無事に届けてくれよ」


「宛先を間違えなければ、必ず」


 鉱夫たちは、誰一人取り残さず、東と坑道へ散っていった。


「逃げるのか、名代ァ!」グロムが、私の背に吠えた。


「ええ、逃げます」私は振り返らずに答えた。「殴り合いになったら、私は子供にも負けますから。私は、荷と人を無事に逃がすだけの、逃げ足の係なんです」


   *


 夜、鉱夫たちは、坑道の奥の広間に、全員無事で集まっていた。壊されたのは丸太と橇だけ。それは、また並べ直せる。


「兄ちゃん、見たか俺の柱っぷり。びくともしなかったろ」


「ええ、立派な柱でした。……ただ、柱が笑うと、少し不気味ですよ」


「がっはっは! 柱は笑うもんだ!」


 頬を腫らして笑う柱のおかげで、今日は一人も欠けませんでした。


「名代さん」ダグさんが、松明の灯りの中で私の前に立った。無骨な鉱夫たちが、後ろにずらりと並ぶ。「俺たちは長え間、グロムが怖かった。……だが今日、あんたは荷より先に、俺たちを逃がした。掘れる奴も、掘れねえ奴も、一人残らず」


 彼は、厚い掌を差し出した。


「この山は、もう、あんたに賭ける。腕じゃなく、段取りに賭ける。——皆、いいな?」


 坑道の広間に、低い、けれど揃った声が響いた。鉱夫たちの、初めての「団結」の声だった。


 私は、差し出された掌を握り返した。石のような掌が、今日は温かかった。


 団結は、旗を振って生まれるものではありません。誰かが、荷より人を先に選んだ——それを皆が見た時に、静かに芽を出す。一緒に逃げられた者は、次は、一緒に立てる。


   *


 その夜、坑道の広間に、王都からの早馬が届いた。フィオナさんの、短い書付。


『先輩。武具蔵の鉄の受け先を辿りました。鍛冶ではありません。宛て先は第七兵站路線。……ええ、あの路線です。もう一枚、繋がりました』


 第七兵站路線。——かつて、師匠が斜線で塗り潰した、あの濁った一本。


 鍬になるはずだった鉄が、まとめて、そこへ。荷は嘘をつきません。この山の鉄が誰のために掘られていたのか、帳簿は、静かに、その名を指しかけていました。


シリアス回、ですが「逃げ足の係」で受けます。ロイドの弱点は「人の悪意を読むのが遅い」こと。稼ぎを捨ててでも壊しにくるグロムを、彼は読み損ねます。だから荒事はガッシュが体を張って受け、ロイドは荷より先に人を逃がす。殴り返せない主人公の、これが戦い方です。そして鉄の宛先は、第七兵站路線……。次話、元栓の印が、いよいよ繋がります。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!


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