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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第43話:恫喝親方グロム、腕っぷしが運賃だ

 本日の荷:鉱石、危険な峠道。


 カヴァルの峠は、環状線でいちばんの難所だった。トゥーレの峠が「狭くて長い一本道」なら、こちらは「急で脆い九十九折り」。片側は切り立った崖、路肩はいつ崩れてもおかしくない。そんな道を、重い鉄鉱石を積んだ荷車が上り下りする。ここが鉄を出す唯一の道です。逃げ場のない道は、それを握った者に、大きすぎる力を与えます。


 グロムが偉いのではありません。この峠が腕自慢しか越えられない道だから、偉く見えているだけです。彼が握る強さは、どれも彼のものではなく、この道のものでした。


「兄ちゃん、こりゃあ道が悪いな」ガッシュさんが崖下を覗いて、珍しく声を低くした。「荷が重い、道が急、路肩が脆い。三つ揃うと、死人が出るぞ」


「ええ。三つとも、人の力ではどうにもならない相手です」


   *


 その日の昼、峠で事故が起きた。


 グロムの子分が、定めより明らかに多い鉄鉱石を一台に積ませ、一人の荷役に牽かせて峠を上らせた。急な九十九折りの途中で車輪が路肩の石を噛み、荷車が傾く。荷役の男は荷を支えようとして、支えきれず、荷車ごと崖の縁まで持っていかれた。


「危ないっ!」


 真っ先に動いたのはガッシュさんだった。崖の縁に飛びつき、丸太のような腕で荷役の襟首と車輪の輻を同時に掴む。


「兄ちゃん、鉱石を落とせ! 人だけ引く!」


「はい!」


 私は留め縄を鉈で断った。鉄鉱石が音を立てて崖下へ落ちていく。軽くなった荷車を、ガッシュさんが荷役ごと路上へ引き戻した。間一髪。荷役の男は、腕を擦りむいただけで済んだ。落ちていったのは、半日分の掘り賃。


   *


「なんで鉱石を捨てた!」


 駆けつけたグロムが崖下を見て吠えた。「あれがいくらになると思ってやがる! 人一人より、あの鉱石のほうが高えんだよ!」


 私は、うずくまる荷役を彼とグロムの間に立って庇った。


「親方。定めの倍を、一人の荷役に牽かせましたね。今日は運が良かった。ガッシュさんの腕がなければ、崖の下にあったのは、鉱石ではなく、あの人でした」


「けっ」グロムは唾を吐いた。「だが山の理屈は、腕っぷしが運賃だ。太え腕が、太え銭を運ぶ。それだけよ」


「腕っぷしが運賃だと、腕の細い人と、重い荷が、両方こぼれ落ちますよ」


 物流は血流です。止まれば、いちばん細い先から、壊死していく。


   *


 その日の夕、私はダグさんに連れられ、あの若い鉱夫の家を訪ねた。


 板一枚の粗末な小屋で、腰を痛めた父親が薄い寝床に横たわっていた。坑で梁に潰された、と息子が言う。峠向こうの町には効く薬があるのに、買う銭がない。銭がないのは、掘った鉄が運べないから。運べないのは、親方が通さないから。


「今日、崖から落ちた鉄。あれ、俺の掘った分だったんだ」若い鉱夫は拳を握った。「親父の薬になるはずだった」


「拾いに行けば、鉄は戻ります。けれど、あんな峠道で、あなたまで落ちたら、今度は戻りません。鉄は待てます。段取りを、待ってください」


「段取りで、親父の腰が治るのか」


「腰は治せません。私は医者ではありませんから」私は正直に答えた。「ですが、あなたの掘った鉄を、正しく銭に変えることはできます。それが薬になる。遠回りに見えて、いちばん近い道です」


 父親が寝床から、かすれた声で笑った。「……変わった名代さんだ。荷の話ばかりだな」


「荷の話しかできないんです。それだけが、私の取り柄でして」


   *


 その夜、私はカヴァルの空き蔵を借り、『カヴァル中継所 仮』の看板を掛けた。鉱夫が荷を持ち込めば、グロムを通さずに、峠を越える段取りを私がつける。土間に地図を広げ、峠の傾きと路肩の脆い箇所を、一つずつ書き込んでいった。危険な道は、消すのではなく、避けて通すものです。


 ガッシュさんは隅で早々に高鼾。私はといえば、翌朝に何が起きるか、少しも読めていませんでした。荷は読めても、人の腹は、いつも読み遅れる。


 看板を掛けた翌朝。差配所の戸が、外から蹴破られた。戸口に、グロムと子分が十人ばかり。皆、丸太のような腕をしていた。


「名代さんよ」グロムが、掛けたばかりの看板を片手で引き剥がした。板が豆腐のように裂ける。「山に、俺の他の関所は要らねえ。腕で潰せねえもんは、この町にはねえんだ。明日までに、荷を全部、俺に戻せ。戻さねえなら……この蔵ごと、腕で片づける」


 拳が、鈍く鳴った。


 私は、二つに裂けた看板を拾い上げた。板も段取りも、また掛け直せます。問題は、この人が「潰せないもの」を、まだ一度も見たことがない、ということでした。だから彼は、明日も拳を振るうでしょう。その拳が、初めて空を切るとも知らずに。


「ガッシュさん。明日、たぶん、荒事になります」


「がっはっは! やっと俺の出番か。任しときな、兄ちゃんは荷の心配だけしてろ」


「ええ。私は、逃げ足の段取りをしておきます」


 殴り返せない代わりに、殴られる前に、荷と人を遠くへ逃がす。地味ですが、これが私の、たった一つの戦い方でした。


シリアス寄りの回でした。危険な峠、過積載、そして事故。グロムの「腕っぷしが運賃だ」は、いちばん弱い人と、いちばん重い荷を、両方こぼす理屈です。ロイドは戦えないので、荒事はガッシュ頼み。……で、看板を蹴破られました。次話、いよいよ「重い荷ほど、段取りで軽くなる」の実演です。グロムの腕力の優位、どう崩すか。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!


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