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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第42話:鉱山町カヴァル、鉱石は親方の許しで動く

 本日の荷:鉄鉱石、山積み。


 川港レームを発って三日、私たちは西部環状線の最後の一角——鉱山町カヴァルに入った。


 町は、山の腹を削るようにして張りついていた。坑道の口が黒い穴を開け、掘り出された鉄鉱石が広場に山と積まれている。……積まれたまま、びくとも動いていない。物流をやる者にとって、これほど胸の悪くなる眺めはありません。


「兄ちゃん、ここも詰まってるな」ガッシュさんが幌の下から山を見上げた。「しかも、重そうだ」


「重いですね。関所の塩や川港の薬とは、桁が違います」


 鉄鉱石は腐りはしません。けれど、運ばれない鉱石は、掘った鉱夫に一文の銭も生まない。腐らないぶん、飢えだけが、静かに山の裾へ溜まっていく。


   *


 広場の隅で、諍いが起きていた。


 痩せた鉱夫が数人、荷車を囲んで頭を下げている。その前に、丸太のような腕を組んだ大男。背は私の頭ひとつ半もある。


「親方、頼む。今日の分だけでも峠を越してくれ。運び賃は掘った分から引いてくれていい」


「けっ」大男が鼻で笑った。「掘り出した鉱石は、もう俺の目方だ。運ぶも運ばねえも俺が決める。文句があるなら、腕で言いな」


 拳が鳴った。骨の鳴る鈍い音に、鉱夫たちが揃って半歩下がる。


 これが噂の恫喝親方グロム。険しい峠を越えて重い鉱石を運べるのは力自慢の荷役だけ。その荷役を根こそぎ子分に抱え、「俺を通さねば鉱石は一粒も山を出ない」という関所を、腕力だけで作り上げた男だ。塩は代官が握り、川は談合が握り、鉄は拳が握る。握り方はどれも違うのに、詰まり方だけがよく似ていました。


 私は大男の前へ進み出た。まずは話をするのが筋です。


「親方グロムさん。辺境伯の名代のロイドと申します。この山の鉱石、私に捌かせていただけませんか。運び賃は、鉱夫と親方で正しく分ける段取りをつけます」


「あぁ?」グロムは私を、荷札一枚のように見下ろした。「辺境伯の紙切れが、この峠で何の役に立つ。お前、その細腕で鉱石の一つでも担げるのか」


「担げません。ですが、担がずに動かす段取りなら」


「けっ」彼は途中で興味を失った。「理屈をこねる奴は、いちばん気に入らねえ。次に口を利いたら——その口を塞いでやる」


 拳が私の鼻先で鳴った。話が通じる相手ではない、と骨で分かる音です。


   *


 頭を下げていた若い鉱夫が、意を決して顔を上げた。二十歳そこそこの男だ。


「親方、うちの親父が坑で腰をやられて寝込んでる。薬代がいるんだ。せめて俺の掘った分だけでも——」


「病人の話は、山じゃ銭にならねえ」グロムはあくびをした。「掘れる奴が掘る。掘れねえ奴は飢える。それが山の掟だ」


 若い鉱夫は唇を噛んで俯いた。掘った鉄が広場に山とあるのに、そのすぐ隣で、親の薬代に手が届かない。


 私は諍いのそばに立つ無骨な男に声をかけた。四十ほど、掌の皮が石のように厚い、寡黙そうな男だ。


「失礼。あなたが鉱夫頭のダグさんですか」


「……あんたは」


「ロイド・ハーヴェン。辺境伯の名代です」


 ダグさんは、剣も差さず荷札の束を抱えただけの私を、上から下まで眺めた。


「悪いが帰った方がいい。この町で物を言うのは書付じゃねえ、腕っぷしだ。あんた、あの親方を殴り倒せるのか」


「まさか」私は即答した。「殴り合いになったら、私が勝てる相手はこの町に一人もいません。そこの子供にも負ける自信があります」


「なら、話にならねえ」


「ですが、荷を動かすのに、親方を殴る必要はありませんよ」


 ダグさんが初めてまともに私の顔を見た。殴らずにどうやって、という顔。この町の人が久しく忘れていた顔だ。


「荷は嘘をつきませんよ、ダグさん。あの山が動いていない、それだけが事実です。誰の腕が太いかは、荷には関係のない話です」


 ダグさんは何も答えなかった。ただ、山と積まれた鉄鉱石と私を、もう一度見比べた。諦めに慣れた目が、ほんの一瞬迷う。その迷いが、たぶん始まりでした。


   *


 その夜、私は借りた小屋でカヴァルの荷の帳簿を開いた。数字は、いつも通り正直でした。掘られた鉄のおよそ六割が山に眠ったまま。峠を越えた四割も、運び賃の名目で半分がグロムの懐へ。鉱夫の手元に残るのは、たった二割。


「……ひどい算術ですね」


 怒りではなく、帳尻の醜さへの、職業的な溜め息として。


 もう一つ、引っかかることがありました。カヴァルの鉄は質がいい。硬くて粘りがある。近隣の農具屋がいくら欲しがっても、この山の鉄は一粒もその手に渡らず、掘られたそばからまとめて、どこかへ買い上げられている。


 その買い手の顔は、まだ帳簿に出てきません。けれど、こういう時、荷はたいてい、あまり良くない方角を向いているものです。


 グロムは腕力で運搬を握る。ならば崩すべきは腕力ではない。「重い鉱石は力自慢にしか運べない」という、その思い込みのほうだ。思い込みは、拳よりずっと脆い。


「重い荷ほど、段取りで軽くなる。……さて、それをあの拳に、どう説いて差し上げましょうか」


関所(横領)、川港(談合)ときて、最後の拠点は鉱山町。敵は腕っぷし一本の恫喝親方グロムです。ロイドは相変わらず戦闘力ゼロ、殴り合いは子供にも負ける係。だからこそ、勝ち方は帳簿と段取りだけ。「重い荷ほど、段取りで軽くなる」——この鉱山町編の合言葉、次話から効いてきます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!


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