第41話:談合が解けた日、レームに新しい船着き場
本日の荷:開かれた川、ひと筋。
照合には、三日かかった。
ベルガが役所に届けた運送量。組合の受け取った運賃。そして、実際に川と道を流れた荷の、実数——桟橋の受け取り、村の荷入れ、普請場の検め、筏の本数。フィオナさんとリコが、一枚残らず、突き合わせた。リコは、川を流れた荷なら、一本の丸太まで、覚えていた。
結果は、単純だった。
組合は、運んでいない荷の運賃まで、請求していた。水増し分は、侯爵の再編資金で埋め、埋めた金で、また荷役を抱え、船宿を封じた。壊すための金が、壊れた帳尻から、静かに、漏れ続けていた。
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その帳尻を、私は、辺境伯府の巡察吏の前で、卓一つ分の紙で、並べてみせた。
演説はしない。声も、張らない。ただ、二つの数字を、並べる。届けた量と、届いた実数。誰が見ても、引き算のできる、二つの数を。
「荷は嘘をつきませんよ」私は、静かに言った。「この夏、川と道を流れた荷は、この数です。組合が運賃を取った荷は、この数です。差の分の荷は——どこにも、ありません。桟橋にも、村にも、普請場にも。運んでいないからです。嘘をついたのは、運送量を書いた、荷札の側でした。いつも、そうなんです」
ベルガの愛想笑いが、初めて、剥がれ落ちた。揉み手が止まり、言い訳が、二行で絡まった。実数の前では、二枚舌は、一枚も、動かせない。数えられた荷の前で、口の上手さは、一文の値打ちもない。巡察吏が、静かに、帳面を閉じた。それが、決着の音だった。
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その晩、灰色の外套は、もう、川港にいなかった。
ヴェインは、ベルガが沈むより先に、宿を引き払っていた。帳面を小脇に、一つの署名も残さず、次の拠点へ。宿帳には、偽名の下に、几帳面な字で、一行だけ。
『川港、再編不能。実行者、切り離し済み。次点、鉱山にて待つ』
尻尾は、また、置いていかれた。本体は、無傷のまま、次の町へ。——だが、その尻尾を、こちらは、一つずつ、紙で拾っている。峠で一枚、川港で一枚。フィオナさんの鞄の中で、影は、着実に、一冊の形へ近づいていた。逃げる足跡もまた、記録になることを、あの記録魔は、どこかで、忘れている。
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ベルガの談合は、解けた。
水増しの証跡で、組合の判は取り上げられ、吊り上げの運賃は撤回された。船宿の「貸し切り」の札が下ろされ、荷役の人足が、桟橋に戻ってきた。ベルガ自身は、再編資金の使途を問われて、川港を追われた。笑って人の首を絞めていた手が、最後は、自分の帳尻に、首を絞められた。
辺境伯の名代として、私は一つだけ、置き土産を、残した。
誰の許しも要らない、公営の船着き場だ。組合の判がなくても、村の払える運賃で、誰でも荷を出せる桟橋。川を、一人の言い値から、みんなの流れへ、返す。
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その船着き場の差配役に、オデルが、立った。
「儂に、務まるかのう」老船主が、真新しい桟橋の柱を、撫でた。「六十年、言われるままに櫓を漕いだ手だ。人に指図する側に立ったことなど、一度もない」
「言われるままに、真っ当に漕げる手は、いちばん信じられます」私は言った。「難しいことは、要りません。あとは、村の荷を、先に通す。それだけ守ってくれれば、この桟橋は、二度と死にません」
「荷を、先に、な。……ああ、それなら、この手が、覚えとる。王家の逓送の頃、ずっと、そうしておった」
リコが、父の隣で、腰に手を当てて、胸を張った。桟橋に、活気が戻る音を、聞きながら。
「先生、あたし、アルバに戻ったら、もっと川を勉強する。文字も、帳面も、覚える。次にどこかの川港が詰まった時、今度はあたしが、差配できるように」
「頼もしいですね。ただし——川のことは、もう私より、あなたのほうが詳しい。勉強するのは、たぶん、私のほうです」
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開かれた川を、荷が、一筋、下っていった。
組合の判も、談合の運賃もない、ただの荷。村の薬、駐屯の兵糧、普請の木材。当たり前の荷が、当たり前に、流れる。当たり前が、この川では、久しぶりの、祭りだった。桟橋の順番待ちで、船頭がまた、賑やかに怒鳴り合っている。リコの言う、生きた川港の音だ。
その景色を眺めていた私の袖を、フィオナさんが、引いた。手には、また一通の便。感情を殺した報告体の顔で、しかし、ほんの少しだけ、声を落として。
「先輩。休む間もなく、で申し訳ないのですが。……環状線の、残る一角から」
「鉱山町、カヴァル」
「はい。鉱石が、山積みのまま、動かないと。今度は、談合でも、役所でもありません。——腕っぷしの、親方が一人。荷を出させない、と。話は、通じないそうです」
川の談合は、解けた。手形の証跡は、また一枚、フィオナさんの鞄の中へ。環の、残る関節は、あと一つ。
次の荷は、この川港の、どの荷より——重いらしい。
川港編、完結です。談合を崩したのは、演説でも腕っぷしでもなく、「届けた量」と「届いた実数」の二つの数字。荷は嘘をつきません。レームは公営の船着き場を得て、オデルが差配役に、リコは川の勉強を続けます。ヴェインはまた尻尾を置いて逃走、証跡はフィオナの鞄で着実に一冊へ。次の狙いは鉱山町カヴァル、敵は腕力型の恫喝親方、荷はいちばん重い鉱石です。環状線、残る関節はあと一つ。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




