表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/58

第40話:灰色の書記官、川港にもいた

 本日の荷:妨害、最後の一手。


 筏が川を流れ始めて三日目、役所から、一枚の差し止めが来た。

 曰く——名代ロイドの筏流送は、川の安全を乱す危険行為である。増水期の無許可の流送により、下流の橋脚と船に、損害の恐れあり。よって、以後の筏を、差し止める。


 もっともらしい理屈だった。もっともらしすぎた。役人の言葉に、川の匂いが、一切しない。書いた者は、川を見ていない。増水も、筏も、見ていない。帳面しか、見ていない。——だから、この文には、川で暮らす者の匂いが、一滴もなかった。


   *


 同じ頃、川港のいちばん静かな宿で、灰色の外套の男が、帳面を繰っていた。

 ヴェインは、差し止めの写しに、目を通していた。自分で書いた文面だ。だが、その差し止めのどこにも、彼の署名は、ない。役所の判だけが、ある。彼は、署名をしない。手だけを動かし、名は、残さない。峠でも、そうだった。次の町でも、そうするだろう。


 帳面には、細かな字で、この先の予定が記されていた。筏の差し止め。荷役の完全撤収。船宿の封鎖延長。そして、最後の行に、一言。


『名代は、荷は読むが、人の悪意の察知が遅い。ゆえに、悪意は、正しさの顔をさせて差し出すとよい。役所の判は、いちばん安価な仮面である』


 彼は、ベルガに、一枚の指図を渡した。指図にも、署名は、なかった。渡した、という事実さえ、どこにも残らないように。


   *


 その「正しさの顔」に、私は一度、足を掬われかけた。

 差し止めが、正当な役所の判である以上、逆らえば、こちらが「川を乱す無法者」になる。ベルガは、それを、町じゅうに触れて回った。名代の荷は、川を危険にする。村の橋を壊す。子供が流される。——嘘に、役所の判という化粧が乗ると、人は、信じてしまう。


 桟橋の空気が、また、凍った。せっかく戻りかけた船頭たちの目が、再び、伏せられていく。筏を手伝った若い衆まで、親に叱られ、家に引き戻された。


「先輩」フィオナさんが、静かに、私の袖を引いた。「悪意の顔を、真に受けないでください。あなたの弱いところは、そこです。腹を読もうとして、遅れる。——ですから、腹は、読まなくていい。証跡で返します。感情ではなく、紙で」


 そうだ。私は、人の腹を読むのが、遅い。ならば、腹を、読まなくていい。荷と、紙だけを、見ればいい。それなら、私は、誰にも、負けない。


   *


 私は、役所の差し止めを、帳面で、受けて立った。演説はしない。ただ、問いを、二つ置いた。


「筏が川の安全を乱すというなら、増水期に川を最も乱しているのは、荷を積んだまま川を塞いで係留されている、組合の船です。動かぬ船が、いちばん、流木を溜める。差し止めるべきは——筏と係留船と、どちらでしょう」


 そして、フィオナさんが掴んだ、あの手形の写しを、静かに、添えた。


「この差し止めを書かせた金と、係留船の運賃を吊り上げた金は、同じ振り出しです。ロンダール質商。同じ手形の、続き番号。——川の安全のための差し止めなら、なぜ、その資金の出どころが、運賃談合と、同じ財布なのですか。安全のための紙が、談合の財布から出てくるのは、なぜですか」


 役所の書記が、写しの番号を、自分の控えと照らして——青ざめた。差し止めは、川の安全のためでは、なかった。談合を守るための、化粧をした、一手だった。化粧は、番号ひとつで、剥がれた。役所の判は、いちばん安価な仮面だと、書いた本人が言った通りに。


   *


 持ちこたえた。

 ヴェインの「正しさの顔」の一手は、フィオナさんの、一枚で、化粧を落とされた。差し止めは撤回され、筏は、再び川を、下り始めた。伏せられた目が、もう一度、上がった。


 そして、剥がれた化粧の下から、思わぬ綻びが、覗いた。


「先輩、これ」フィオナさんが、組合の届出を指した。「ベルガが役所に届けた、この夏の運送量。届けた荷の量と、実際に川を流れた荷の実数が——合いません。届けのほうが、ずっと、多い」


「運んでいない荷の運賃を、運んだことにして、請求している……」


「水増しした運賃で、侯爵の資金を、引き出していた。運べば運ぶほど、というより、運んだことにすればするほど、金が入る仕組みです。だから、帳尻が、荷の実数と、合わないんです」


 談合の帳簿が、荷の数と、合わない。——それは、峠で、代官キッツを沈めたのと、まるきり同じ形の、綻びだった。荷は、嘘をつかない。嘘をつくのは、運送量を水増しした、帳簿の側だ。いつも、そうだ。


 妨害の、最後の一手を、受け切った。そして、その手の下から、反攻の糸口が、向こうの帳面の中から、こちらの手に、手繰り寄せられた。


危機からの反攻回です。ヴェイン、今度は「正しさの顔」——役所の判という化粧を着けた妨害。ロイドは人の悪意を読むのが遅い弱点を突かれますが、フィオナが「腹は読まなくていい、紙で返す」と背中を押します。そして向こうの帳簿から綻びが。届けた荷の量と、川を流れた実数が合わない。次話、いよいよ決着。川港編、締めます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ