第39話:増水を味方に、川と道を継ぐ
本日の荷:木材、流送で。
「思い出したの、先生!」
朝いちばん、リコが目を輝かせて駆けてきた。昨日まで町の締め付けに唇を噛んでいた娘が、今日は別人のように弾んでいる。息を切らして、桟橋の板を鳴らして。
「増水を、味方にする方法! 父さんが昔やってた、筏の流送!」
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筏。丸太を組んで、荷ごと川に浮かべて流す、船のいちばん古い形だ。
オデルが、久しぶりに、川を睨む船頭の目で説明してくれた。証文を伏せて置いた炉端から、ようやく顔を上げた目だった。
「上流に、切り出したまま売れずに積まれた材木がある。組合が運賃を吊り上げて、川下の普請場に、木が届かんからだ。橋の掛け替えも、家の建て直しも、みんな止まっておる」オデルの声に、張りが戻っていた。「その丸太を、そのまま組んで、筏にする。筏なら、増水の速い流れが、そっくり下りの帆になる」
「速すぎて船が出せない流れを、逆に、使う」
「そうだ。船は流れに逆らって舵を取るから、増水は敵だ。だが筏は、流れに乗るだけでいい。舵は、向きを直す程度で足りる。増水の川は、船には牙だが、筏には、追い風よ」
天が止めた川を、天の勢いの、そのままで使う。制約を、そっくり味方に、裏返す。荷役に人足が要らないのも、いい。丸太を組む手さえあれば、桟橋の荷揚げ人足は、要らないのだから。ベルガが買った人足の壁を、そもそも、通らずに済む。
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だが、筏師も、組合に握られていた。
「筏を組める年寄りは、みんなベルガに睨まれてる」リコが眉を下げた。「手を貸したら、船宿も追い出される。誰も、動けないよ」
「では、筏師は、雇いません」
「え?」
「筏の組み方を知っている人が、一人いれば、足ります。教える人が一人いれば、あとは若い衆が手になる。——リコ、あなたです」
リコが、目を丸くした。それから、ゆっくりと、船頭の娘の顔になった。父の背中を見て、桟橋で育った娘の、川を知る顔に。
「……あたし、教わったよ。子供の頃、父さんに。縄の掛け方も、舵丸太の据え方も、水を噛ませる角度も。遊びだと思ってた。でも、手が、覚えてる」
「なら、あなたが差配です。人足の代わりに、見習いの若い衆を。私は、丸太の一本も担げませんが、段取りと順番なら、書けます。あなたが川を、私が道を。二人で一本の路にします」
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筏が組み上がったのは、川がまだ勢いを残す、午後だった。
リコが縄の掛かりを検め、舵丸太に若い衆を配し、水を噛む角度を指で示す。そして、掛け声一つで、筏を岸から放した。丸太の塊が、増水の流れに乗って、みるみる川下へ滑っていく。組合の判も、荷役の人足も、船宿も、一切、通さずに。
そして、その筏が着く先に、私は継ぎ目を、用意していた。
川下の船着き場から先は、また崩れで川が細る。そこで、ガッシュさんのアルバ馬車が待ち、筏の材木を陸へ受け、峠向こうの普請場まで押し上げる。川で流し、道で継ぐ。継ぎ送りだ。太い管と、細い管を、桟橋一つでつなぐ。
「がっはっは! 川から来た荷を、馬車で受けるってのは、初めてだ! おもしれえ!」ガッシュさんが丸太を肩に担いだ。「川と道が握手する現場に、俺が立ってるってわけだ!」
筏と馬車の継ぎ目で、川の水と、街道の埃が、初めて握手をした。
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その日、材木は、組合の船を一艘も使わずに、川下の普請場へ届いた。
止まっていた橋の掛け替えが、動き出した。運賃は、ベルガの言い値の、三分の一。筏には、運賃談合の網が掛からない。船では、ないからだ。組合の決まりは「船」を縛っていて、「筏」を、忘れていた。決まりの穴を、リコの、子供の頃の記憶が、するりと通り抜けた。
組合の桟橋で、ベルガの笑みが、初めて、強張った。揉み手の指が、止まった。
「……名代どの。筏とは、ずいぶん、古い手をお使いですな。今どき、誰も使わん」
「古い川の知恵です。あなたが値を吊り上げてくれたおかげで、みんな、船以外の運び方を、思い出しました。運ぶ道は、川だけじゃない。船だけでもない。——運賃三倍は、いい先生でしたよ。おかげで、この町は、忘れていた運び方を、二つも思い出せた」
談合の運賃が、実質、無効になった。船を握っても、川そのものは、握れない。人足を買っても、筏は組める。焦りは、あの余裕の笑みの強張りから、静かに、こちらへ伝わってきた。追い詰められているのは、もう、私たちだけではなかった。
カタルシス小の回です。増水で船が出せないなら、増水に乗る筏で流す。組合の決まりは「船」を縛っていて「筏」を忘れていた——決まりの穴を、リコの子供の頃の記憶が通ります。川で流し、道で継ぐ。談合の運賃が空回りを始めました。ですが、追い詰められた相手は、最後の一手を打ってきます。次話、灰色の書記官が、直に動きます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




