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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第38話:侯爵家の手形、質商を経由して

 本日の荷:証跡、一枚。


 王都からの便は、朝いちばんに着いた。

 届けたのは早馬の逓送吏ではなく、フィオナさん本人だった。旅装のまま桟橋に降り立ち、川の匂いに眉一つ動かさず、開口一番、感情を一切こそげ落とした声で言った。


「先輩。おはようございます。……ベルガの金主、掴みました」


「フィオナさん、その、まず一息——三日も馬車に揺られたでしょう」


「一息は、荷を降ろしてからにします。経理ですから。座って一息つく前に、まず、報告を降ろします。そのほうが、軽くなります」


 相変わらず、荷より先に報告が来る人だ。もっとも、その報告が、今のこの町には、どんな薬荷よりも効く。


   *


 彼女が卓に広げたのは、一枚の写しだった。

 手形。遠くの金を、紙一枚で運ぶ荷だ。金貨の重さを担がずに、判と番号だけで、大金を動かせる。便利な荷は、たいてい、足がつきにくい。足がつきにくいから、悪事は、よく手形に化ける。


「ベルガが船を新造した金、荷役を抱えた金、船宿を借り上げた金。出どころを遡ると、ぜんぶ一つの手形に行き着きます」フィオナさんが番号を指した。「振り出しは——ロンダール質商」


「ロンダール……」


「ヴァルガの裏帳簿にもいた、侯爵家御用の質商です。仕組みは、こうです。侯爵の金が、質商を一度くぐると、侯爵の名は消える。質商から出た金として、ベルガの手に渡る。だから、ベルガの帳簿をいくら睨んでも、侯爵の名は、一文字も出てきません。署名は、どこにも、残らない」


 署名をしない手。金にまで、その作法が徹底されていた。侯爵の再編資金が、質商という濾し布を一度通って、川港の運賃吊り上げの原資に、化けていた。


   *


「つまり——」私は写しをなぞった。「ベルガが運賃を三倍にできたのは、儲けが目的じゃない」


「ええ。赤字でも、回せるんです。損は、侯爵の再編資金が埋める。だから、いくら運賃を吊り上げても、いくら船宿を借り上げても、ベルガの懐は痛まない。狙いは、金儲けでは、ないんです」


「川港を、わざと壊すこと」


 絵が、つながった。川港レームを談合で干上がらせ、「この川港は、もう自前では立ち行かない」という既成事実を作る。そこへ、侯爵の「共同運営体」が、救いの顔で乗り込んでくる。壊してから、買う。安く。——峠の関所町でも、見た筋書きだ。


 リコが、写しを覗き込んで、唸った。


「じゃあベルガは、川で儲けたいんじゃなくて……川を、殺したいの? わざと? なんで、そんな、まわりくどいこと」


「殺した川は、安く買えるからです。生きている川は高い。死にかけた川は、二束三文。荷は嘘をつきませんが、金は、通った道を、わざと隠します。この手形は——その隠した道の、消し忘れた足跡ですよ」


「足跡……」


「ええ。どんなに上手に隠しても、金は、一度通った道に、必ず匂いを残す。フィオナさんは、その匂いを、王都から嗅ぎつけてきたんです」


   *


 フィオナさんは、写しをもう一枚、そっと重ねた。二枚目には、別の町の名が記されていた。


「先輩。これは、この川港だけの証跡では、ありません。同じ質商、同じ振り出し方、同じ筆跡の癖。峠の代官キッツの後ろにあった金と、揃います。おそらく、次の町とも」


「……侯爵の再編、全体の帳簿に、つながる」


「一枚では、まだ影です。役所は動きません。ですが、拠点ごとに一枚ずつ集めれば、いつか、一冊になる。一冊になれば、影は、形になります。——経理は、一枚を、捨てません」


 彼女は、師匠オルソンの姪だ。師匠が十八年かけて追い、辿り着けずに死んだ元栓への道を、姪が今、一枚ずつ、紙で埋め戻している。感情を殺した報告体の下に、たぶん、氷のように静かな、執念がある。


   *


 その報せを聞きつけたように、川港の空気が、ふと、湿った。

 桟橋の向こう、荷を積んだ組合船の列の陰に、灰色の外套の男が立っていた。仕立てはよく、しかし、色のない服。帳面を小脇に抱え、こちらを見るでもなく、ただ川面を、検分している。荷を数えるのでも、船を数えるのでもなく、ただ、記録するために。


「あれ——」リコが息を呑んだ。「ベルガと、雰囲気が、全然ちがう」


「ええ。ベルガさんは、笑って首を絞める人です。あちらは」私は、その灰色を見た。「笑いも、しません」


 署名をしない手、灰色の書記官ヴェイン。峠で尻尾を切って逃げた手が、川港で、また新しい尻尾を、つなぎに来ていた。ベルガという尻尾を。


 証跡が一枚、こちらの手に。実行者が一人、向こうの桟橋に。——盤の駒が、ようやく、出揃った。


発見の回です。運賃三倍の本当の狙いは「儲け」ではなく「川港を壊して安く買う」。壊してから救い顔で乗り込む——関所編と同じ筋書きです。フィオナが手形を一枚掴みました。まだ影ですが、経理は一枚を捨てません。そしてヴェイン再登場。次話、いよいよ増水を味方につけ、談合の運賃を空回りさせます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!


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