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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第37話:船宿を封じられ、荷役を買われる

 本日の荷:信用、切り崩し中。


 迂回の一件で、桟橋に少しだけ戻った活気を、ベルガは見逃さなかった。

 増水が引くと、締め付けが、本気になった。朝、桟橋に出た船頭たちの前に、組合の触書が貼り出されていた。曰く——名代ロイドの荷に関わった船頭は、以後、組合の荷を一切回さない。荷役はしない。船宿にも泊めない。


 村八分。川で生きる者にとって、それは緩やかな絞首だ。

 昨日、遠巻きに目を上げた船頭たちが、今日はまた目を伏せて、私の前を足早に通り過ぎた。一度上がった顔が、また下がる。その落差のほうが、最初の沈黙より、ずっと重かった。


   *


 切り崩しは、荷役から始まった。

 人足頭が、ベルガの寸志を受け取った。荷揚げの人足が、一人、また一人と、桟橋から消える。船があっても、荷を担ぐ手がなければ、荷は動かない。継ぎ目に立つ人足を先に買う、と言ったあの男の言葉が、そのまま形になっていた。


「言われた通りになりました」私は、自分の読みの甘さを噛んだ。「私は、こういう手を読むのが遅い。荷の傷みは、匂いで分かるのに」


 リコが、唇を噛んで桟橋を睨んでいた。子供の頃、荷の順番待ちで賑わっていた桟橋を、いま、空にした男を。


「みんな、本当は先生に手を貸したいんだよ。……でも、子供がいる。飯を食わせなきゃいけない。ベルガはそこを、握ってる。父さんの船頭仲間も、半分はもう、寸志を受け取った」


「責められません。腹を空かせた子の前で、誇りは、薄い粥にもなりませんから」


 悪意は、いつも、生活の弱みから入ってくる。荷の傷みは目で見えるのに、人の弱みは、こんなにも見えにくい。そして、見えたときには、もう手遅れになっている。


   *


 夜、オデルの家の炉端が、重かった。

 老船主は、一枚の証文を膝の上に置いていた。組合への帰参の詫び状だ。判を捺せば、荷が回る。捺さねば、この冬、彼の船は一艘も動かない。彼の下の、十人の船頭も、動かない。


「儂は、六十年、この川で生きた」オデルの声はかすれていた。「王家の逓送で薬を運び、飢饉の年には麦を運んだ。誇りだけで、飯は食えると思っておった。……だが、儂には船頭が十人おる。その家族が、川向こうで、儂の判を待っておる。儂の誇りで、あの子らを飢えさせるのか」


「オデルさん」


「膝を折るのは、儂一人でいい。お前さんは、若い。まだ真っ当な川を、どこか別の土地に探せる。この川は、諦めろ。……娘は、連れて帰ってくれ。こんな川に、置いておきたくない」


 リコが、父の手から証文を奪おうとして——奪えずに、握りしめた父の拳の上に、自分の手を、そっと重ねた。何も言えずに。奪えば、船頭たちが飢える。奪わなければ、父が誇りを失う。娘には、どちらも選べなかった。


   *


 私は、炉の火を、しばらく見ていた。

 叱ることも、励ますこともできなかった。オデルの言い分は、正しい。十人の船頭と、その家族の腹。それは、私の《流路図》には描かれていない重さだ。図に線は引けても、その線の下で暮らす人の飯までは、私には引けない。


「……オデルさん。一つだけ、聞かせてください」


「なんだ」


「その証文に判を捺したら、川下の熱病の村へ、来年の夏、また薬は届きますか。ベルガの言い値で。村の払える運賃で」


 オデルの手が、止まった。


「……届かんだろうな。今年と同じだ。運賃は下がらん。むしろ、儂らが膝を折るほど、あの男は強気になる。来年は、四倍だ」


「なら、その証文は、詫び状ではありません。来年の病人に、荷は届きませんという、先付けの、断り状です。オデルさんの判で、まだ熱を出してもいない子供の薬を、止めることになる」


 オデルは、長いこと、火を見ていた。それから、証文を膝から下ろし、炉の脇に、伏せて置いた。捺さなかった。捺せなかった、のかもしれない。どちらでもよかった。今夜は、判が捺されなかった。それだけで、明日が、一日、延びた。


   *


 その晩、私はひとり桟橋に残った。

 船宿は封じられ、荷役は買われ、船頭は口を噤んだ。町の結束は、指の間の砂のように、確かに崩れ始めている。読み負けている。それも、認める。人を握る戦いでは、私はいつも、後手に回る。


 だが、崩れる砂の中に、一つだけ、崩れないものがあった。

 オデルが捺さなかった判。母親が下げ続けた頭。リコの、重ねた手。——荷が正しく届いた記憶は、寸志では買えない。買えないものが、まだ、この桟橋に、確かに残っている。それは、帳簿には載らないが、荷札よりも、たぶん強い。


 明日、王都から便が来る。フィオナさんの、感情を殺した報告体の便が。

 崩れかけた砂を、堰き止める石が、そろそろ一つ、届く頃だった。


シリアス回です。敵は殴ってきません。生活の弱みを握って、じわじわ町の結束を崩してくる。いちばん怖い手口かもしれません。オデルの葛藤、リコの無力さ——ですが、寸志では買えない記憶もある。次話、王都のフィオナが「石」を一つ届けます。証跡です。ここから反撃が始まります。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!


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