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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第35話:談合商人ベルガ、運賃は言い値

 本日の荷:兵糧、値踏み中。


「いい? 先生。川は、道と逆なの」


 翌朝、桟橋でリコが腕を組んで、私に講義をしていた。見習いに教わる差配頭というのも、なかなか間の抜けた絵だ。だが川のことは、彼女が師匠だった。私は殊勝に、荷札の裏を帳面代わりにして控えている。


「下りは楽ちん、流れが運んでくれる。でも上りは地獄。綱で岸から曳くか、棹で踏ん張るか。だから川の荷は、下りは安くて、上りは高いの。道みたいに、行きも帰りも同じ運賃、ってわけにいかないんだよ」


「なるほど。道は平らですが、川には傾きがある、と」


「そういうこと。あと、重い荷ほど川が得意。兵糧の樽なんて、馬車に積んだら車軸が泣くけど、船なら唄いながら運べる。逆に、急ぎの軽い荷は馬車が速い」


 物流の勘所を、唄いながら、で片づけられてしまった。悔しいが、正しい。師匠が生きていたら、この娘を見習いの間の一番前に座らせただろう。


   *


 その川が、いま唄っていない。

 オデルの話をつなぎ合わせると、談合の形はこうだ。船組合の運賃は、世話役ベルガの一存で決まる。従う船頭には荷が回り、逆らう船頭は仕事を干される。組合の判のない荷は、どの桟橋でも荷揚げを断られる。


「川下の駐屯地に、夏の兵糧を入れる話があった」オデルが苦い顔をした。「樽で二百、麦と塩漬け肉だ。だがベルガが運賃を三倍に値踏みしおって、話がまとまらん。兵糧は蔵で目減りし、駐屯の兵は薄い粥をすすっておるそうだ」


「船頭は、運びたくないのですか」


「運びたいさ! だが運べば組合を破門される。破門は、川で生きる者には死と同じだ。桟橋も、船宿も、荷役も、ぜんぶ組合の許しの上にある。許しを失えば、川に浮かべる板一枚、持てなくなる」


 若い船頭が一人、桟橋の隅で網を繕っていた。仕事を干され、子の乳代にも困っている、とリコがそっと教えてくれた。運びたい人と、運ばれたい荷が、目の前で手を取れずにいる。荷札は、その手と手のあいだに落ちて、腐っていく。


   *


 その頃、王都。

 フィオナさんからの文が、早馬で届いていた。相変わらず、感情の一切をこそげ落とした報告体だ。


『先輩へ。川港レームの運賃高騰、王都の相場師の間でも噂になっています。ベルガという世話役、後ろに金主がいます。船を新造する金、荷役を抱える金、船宿を借り上げる金——一介の川商人が出せる額ではありません』


『金の出どころ、まだ影ですが。……「署名をしない手」の匂いがします。経理ですから、匂いには敏いのです。峠と、同じ匂い。ご注意を』


 署名をしない手。峠で尻尾を切って逃げた、あの灰色の書記官。——ヴェイン。川港にも、同じ手が伸びていた。談合は、この町だけの持病ではないらしい。誰かが、川港ごとに、同じ病を配って回っている。


   *


 私は桟橋に腰を下ろし、頭の中で《流路図》を広げた。

 川の線と、道の線。ベルガが握っているのは、川の線だけだ。ならば——。


「リコ。アルバの帰り荷の話、覚えていますか」


「うん。空の馬車に、ついでの荷を載せるやつ。うちの見習いの間でも、みんな最初にそれを習う」


「川と道は、太さの違う血の管です。太い管が詰まったら、細い管に少しずつ流して逃がす。川で運べない分を、道が引き受ける。道で足りない分を、川が担ぐ。——二本を、継ぎ目でつなぐ。片方だけを握っている者は、両方を握った者には、勝てません」


 川運と陸運の複合。ベルガの握る川一本に、荷の運命を預けない。それだけで、談合の首根っこは、少し緩む。


「できるの、そんなこと」


「アルバの環状網が、もう半分できています。峠も開きました。あとは、継ぎ目を一つ、この川港に作るだけ。継ぎ目に立つ人足と、荷を受ける船着き場が、少しあればいい」


「それだけ?」


「それだけです。地味でしょう? 私の商売道具は、いつも地味なんです」


   *


 だが、その晩。ベルガのほうが、一手早かった。


 町の船宿という船宿が、その日のうちに「貸し切り」の札を下げた。旅の船頭が泊まれない。荷役の人足頭のもとには、組合から寸志が配られた——ロイドの荷には手を貸すな、という寸志が。継ぎ目を作る前に、継ぎ手が、先に買われていた。


 桟橋の灯りの下で、ベルガが揉み手で笑っていた。私が来るのを、待っていたように。


「名代どの。川は、わたしどもの庭でしてね。継ぎ目をお作りになるのはご自由ですが……その継ぎ目に立つ人足が、はたして何人残りますことやら。人というのは、荷とちがって、こちらの言い値で動きますのでね」


「人は言い値で動く、ですか」


「ええ。荷より、よほど御しやすい」


 なるほど、狡い。そして——正しい。私は、荷は読めても、人の腹は、いつも一歩遅れて読む。その一歩を、この男は、きっちり突いてきた。


談合の構造回です。運賃を握る者は、川そのものを人質に取れる。ロイドの答えは相変わらず地味で、「川がだめなら道と継ぐ」。ですが敵も抜け目なく、継ぎ目に立つ人足を先に買ってきます。「人は言い値で動く」——ロイドの弱点を、ベルガはちゃんと見抜いています。次話、夏の空が本気を出しますよ。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!


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