第3話:滞留三百箱、一晩で捌きます
本日の荷:林檎三百箱。期限、今夜。
日暮れ前、私は街道沿いの井戸端に小さな机を出した。机の上には荷札の束と、書き上げたばかりの貼り紙が一枚。
『帰り荷、求めます。空荷の御者さん、一箱につき銅貨二枚。水と飼い葉のおまけ付き』
「……正気?」
ティナさんが貼り紙を二度読みして言った。
「通りすがりの馬車に、うちの林檎を預けるってこと? 持ち逃げされたらどうすんのよ」
「持ち逃げはされません。仕組みでそれを防ぎます」
種を明かせば、単純な話だ。
王都で荷を降ろした馬車は、空のまま西へ帰る。ヴェルンで降ろした馬車は、空のまま東へ帰る。御者にとって空荷の帰り道は、ただの損だ。飼い葉代を稼がない車輪は、回るだけ赤字なのだから。
そこに「ついでに運べば銅貨になる荷」があれば、彼らは喜んで積む。
「ヴェルン方面に帰る便には、ヴェルンの市場行きの林檎を。王都方面は今は混乱中ですから、南の鉱山町へ帰る便に、鉱山の購買所行きを載せます。鉱夫は果物に飢えてますからね、多少の斑点は気にしません」
「だから、持ち逃げは——」
「荷札を二枚に割るんです」
私は荷札を一枚取り、半分に切った。切り口は波形で、二枚を合わせるとぴたりと噛み合う。
「片割れは荷と一緒に。もう片割れは受取人へ先に早馬で。荷が届いたら、受取人は二枚を合わせて確かめ、御者に運び賃を払う。つまり御者は、荷を届けないと一文にもならない。荷を持ち逃げしても、割り札がなければ市場は買い取りません。盗む手間より運ぶほうが儲かる——そういう形にしておけば、人は正直になります」
「…………」
「荷は嘘をつきませんが、人は時々つきますから。つけない仕組みにしておくんです」
ティナさんはしばらく黙って、それから貼り紙を引ったくるように取った。
「……井戸端じゃ目立たないわ。組合の掲示板と、宿の前と、街道の木にも貼る。紙、あと三枚書きなさい」
話が早くて助かります。
*
最初の一台は、日が落ちる前に来た。
「『帰り荷』ってのはここかい」
巨漢の御者だった。声が大きい。笑うともっと大きい。ガッシュと名乗ったその人は、ヴェルンへ帰る空荷の幌馬車を三台、連れていた。
「ヴェルン行き、九十箱お願いします。市場の青果卸『マレナ商店』宛て。これが割り札、こちらが水と飼い葉です」
「……兄ちゃん、手際がいいな? どこの組合だ?」
「無所属です。しいて言えば、今夜だけアルバの倉庫番です」
「がっはっは! 倉庫番! いいねえ、倉庫番のいる町は栄えるんだ。死んだ親父がよく言ってたよ」
ガッシュさんの三台が出ると、まるで呼び水だった。暗くなる頃には井戸端に空荷の馬車が列を作り、私は荷札を切っては渡し、切っては渡し——。
夜半過ぎ。
最後の一台の尾灯が西へ消えた時、厩の裏の箱の山は、三百がゼロになっていた。
「う、嘘でしょ……」
ティナさんが帳面を握りしめて立ち尽くしていた。
「一晩よ? 一晩で三百箱……。運び賃を引いても、果樹園に渡せるお金が、ちゃんと残ってる。それどころか町に、水代と飼い葉代と宿代が落ちて……」
彼女はばっと顔を上げた。
「あんた、何者?」
「ですから、倉庫番です」
「倉庫番は一晩で三百箱を捌かないわよ!」
捌きますよ。倉庫番を、ちゃんとやればですが。
*
——同じ夜。王都、ヴァルガ商会。
「なぜだ! なぜ荷が動かん!!」
バルド・ヴァルガの怒声が、執務室の窓を震わせた。
机の上には苦情の手紙が山を成している。北市場の魚商組合から、納品遅延五日分の損害請求。織物問屋からは「霜月祭の納品に間に合わなければ取引を打ち切る」との最後通牒。今朝は東門の荷捌き場で馬車同士の接触が三件、御者の喧嘩が二件。
「専務、その、配送の順番を決める者がおらず、皆が好き勝手に蔵を開けるので、どの荷がどの馬車に載ったか、もう誰にも……」
「黙れ! 順番くらい誰でも決められる! 明日は俺が直々に荷捌き場に立つ!」
番頭は口をつぐんだ。専務が直々に立った結果が今日の三件と二件であることを、この若旦那に告げる勇気は、彼にはなかった。
部屋の隅の机に、紐で綴じられた三百枚の紙束が、埃をかぶったまま置かれていた。
誰も、その最初の一枚すら、めくっていなかった。
お読みいただきありがとうございます。荷札を二枚に割る「割符」、帰り荷の差配——ロイドの商売道具はぜんぶ地味です。でも地味こそ最強。次話は町の壁、馬車組合の親方ドモスが登場します。続きが気になりましたら、ブックマーク・評価をいただけると大変励みになります!




