第2話:宿場町アルバには、何も無い(※伸びしろしか無い)
本日の荷:私自身(行き先未定、取扱注意)。
乗合馬車に揺られて三日。宿場町アルバに着いた私の第一印象は、「御者さんは正直な人だ」だった。
本当に、何もない。
街道沿いに宿が三軒、酒場が一軒、厩と組合の建物。半分は雨戸が閉まったままだ。昼だというのに人通りはまばらで、広場の井戸端で老人が二人、日向ぼっこをしている。
ただ——。
(……おや)
私は広場の真ん中で足を止めた。
癖で、見てしまったのだ。町の立地を。
アルバは西街道と南の山道、北の川沿いの道、三本の道が交わる場所にある。王都まで馬車で三日、辺境伯領の都ヴェルンまで二日、南の鉱山町まで一日半。井戸は二つ、厩は見たところ三十頭は入る広さで、空いている。閉まっている建物は、造りからして元は問屋蔵だ。
目を細めると、いつもの「あれ」が見えた。
町の上に、光る線。
西街道を太い線が貫いている。一日に何十台と通る荷馬車の流れだ。けれどその線は、アルバの上を素通りしていく。止まらない。降ろさない。積まない。三本の道が交わる結び目に、結び目の仕事をさせていない。
例えるなら——大河の真ん中にある中洲に、誰も橋を架けていないような。
(もったいない、ですね)
「——ちょっと、そこのあんた」
振り向くと、少女が立っていた。十六、七だろうか。亜麻色の髪をひっつめて、腰に手を当て、まるで督促状のような目でこちらを睨んでいる。
「広場のド真ん中で半刻も突っ立って、空を見たり地面を見たり。怪しさで言ったら今月一番よ。うちの町に何の用?」
「半刻も経ってましたか。失礼しました。ロイド・ハーヴェンと申します。仕事を探して王都から流れてきました」
「仕事う?」
少女は素っ頓狂な声を上げた。
「この町に? 仕事を? 探しに? あのねえ、見ての通りこの町は寂れ……」
言いかけて、少女はムッと口を結んだ。
「……っていうのは、うちの町の人間だけが言っていいの。とにかく仕事なんてないわよ。宿は素泊まり銅貨三枚。泊まるの? 泊まらないの?」
「泊まります。ええと、あなたは宿の方ですか」
「ティナ・メルロウ。町長代行」
町長代行。この若さで。聞けば、町長であるお祖父様が長く臥せっていて、孫娘の彼女が宿と町の雑務を一手に引き受けているらしい。
ティナさんの宿「灯火亭」に荷を解いた私は、夕方、厩の裏で奇妙なものを見つけた。
荷箱の山だ。それも、尋常な数ではない。
「ああ、それ」ティナさんが苦い顔をした。「南の果樹園の林檎、三百箱。王都行きの予定だったんだけど、運ぶはずだったヴァルガ商会の便が、もう五日も来ないの」
ヴァルガ。その名前に、胸の奥がちくりとした。
「五日……。中を見ても?」
「どうぞ。どうせもう——」
箱を開けると、甘い匂いがむわりと立った。まだ食べられる。だが、上の段の何個かに茶色い斑点が出始めている。
「あと二日で、全部駄目になる」
ティナさんの声は静かだった。
「果樹園のおじさんたち、今年はこれに懸けてたのよ。買い取り代金が入らなかったら、冬を越せない家もある。でも今からヴェルンの市場に運んだって、うちには馬車が……」
私は箱の山を見上げた。三百箱。約七百貫。馬車なら十二台分。
それから、目を細めた。
光る線が見える。西街道を、今日も荷馬車が流れていく。王都へ向かう便、ヴェルンへ向かう便。そして——王都やヴェルンで荷を降ろし、「空のまま」西へ東へ帰っていく便が、一日に二十台以上。
空の荷台。空の荷台。空の荷台。
線と線が、頭の中でかちりと噛み合った。
「ティナさん。明日の朝まで、この箱の山、私に預けていただけませんか」
「は? あんた一人で三百箱をどうする気よ。言っとくけど馬車は出せないわよ。うちの町の馬車は親方の許可がないと——」
「馬車は要りません。正確には……『うちの』馬車は要りません」
私は鞄から、商売道具を取り出した。荷札の束と、ペンと、それから——師匠の形見の、古びた台帳。
表紙の裏に、師匠の字で奇妙な線描きがある。点と点を結ぶ、川のような、血管のような線。何の図なのか、教わる前に師匠は亡くなった。けれどこの台帳を開くと、いつも少しだけ、背筋が伸びる。
「荷は嘘をつきませんよ、ティナさん。あの林檎はまだ、ちゃんと売り物だと言っています」
「……あんた、何の話をしてるの?」
「明日の朝の話です」
お読みいただきありがとうございます。次話、いよいよロイドの本領発揮——「滞留三百箱、一晩で捌きます」。この作品の最初の見せ場ですので、ぜひ。ブックマーク・評価もお待ちしております。




