第27話:代官キッツ、通行税は二回いただく主義
本日の荷:塩、峠越え待ち。
袖の下の門前で、私はまず、列を数えた。
馬車二十八台。荷は野菜が半分、あとは塩袋。饐えた匂いをさせているのは野菜のほうで、塩は腐らない。腐らない荷が三日も四日も止まっているというのは、腐る荷が止まっているより、たちが悪い。誰かが、わざと止めている証拠だからだ。
「先輩、あの人、お金……取ってますよね。堂々と」
「ええ。堂々と、が肝心なんです。こそこそする悪党より、堂々とする悪党のほうが、後ろ盾を持っています」
ユーゴが青い顔で頷いた。覚えが早い。荷の見方より先に、人の悪さの見方を覚えてしまうのは、この旅の順番として少し可哀想だけれど。
*
関所の詰所に通された。
上座にいたのは、でっぷりと肥えた男だった。指に嵌めた石つきの指輪が、詰所の粗末さに全く釣り合っていない。代官キッツ、と名乗った。
「辺境伯の名代ぁ?」キッツは書状の三つ星を、遠目に一瞥しただけで卓に放った。「はん。ヴェルンのご老公が、また余計な使いを寄越したか。わしはな、この峠を三十年預かっとる。峠のことは、峠の主が決める。都の紙きれで決まるもんじゃないわ」
「峠の決まりを伺いに来ました。——通行税を、入りと越えで二度いただくという決まりを」
「二度じゃない。入りの税と、峠越えの安全料。名目が違えば別の銭よ。当たり前だろうが」
当たり前、を強欲の理由に使う人は、たいてい理屈がそこで止まる。案の定、キッツはそれ以上は説明せず、脂ぎった掌をひらひらと振った。
「文句があるなら、都でもどこでも訴え出るがいい。だが荷はここに積まれたまま、腐るだけだ。……なあ名代殿。訴えるより、話が早い道もあるんだぜ? 分かるだろう?」
辺境伯の威光でも、この掌は閉じない。閉じないどころか、開いて見せた。ここまで肝が太いのは、蛮勇か——それとも、後ろに誰かの背中を感じているからか。私は、後者の匂いを嗅いだ。
「……検討します」
「検討ぉ? けっ、お役人みたいな口をきくじゃないか。倉庫番あがりが」
倉庫番あがり、はよく効く悪口です。事実なので。
*
詰所を出ると、門の脇で一人の老人が黙々と石畳の欠けを直していた。関所吏の下働きにしては、背筋が伸びすぎている。
「あの代官殿と、話したのか」老人は手を止めずに言った。「無駄だったろう。あの男に理は通じん。銭しか通じん」
「あなたは」
「儂は、ただの門番よ。ボルグという。四十年、この門を開け閉めしとる」
ボルグ、と名乗った老人は、そこでようやく顔を上げた。皺の一本一本に、峠の風が刻まれている。私はその眼に、見覚えのある光を見た。アルバのドモス親方の、荷を粗末にする奴は乗せん、と言った時の眼だ。
「昔はな」ボルグは門柱を撫でた。「この関所は、王家逓送の峠御番所だった。塩も、薬も、王都の御用の荷が、ここを一日で越えた。誰も袖の下なんぞ握らせなかった。関所の役目は、荷を止めることじゃない。荷を、正しく通すことだ」
「……正しく、通す」
「そうだ。それが、いつの間にか、荷を止めて銭を搾る番所に成り下がった。あの代官が来てからな」
ボルグは石畳に眼を戻し、また欠けを直し始めた。直しても直しても、荷を積んだ車輪が同じ場所を削っていく。止められた馬車が、同じ轍を、じりじりと掘っていくからだ。
私は、腐りかけた野菜と、腐らない塩の列を、もう一度見た。
「ユーゴ。帳面を出してください。今日から数えます」
「数える……いいんですか?」
「ええ。ここでは、数えたほうがいい。——止まっている荷の数だけ、止めている理由がありますから」
*
その夜、私は関所町の宿の粗末な卓で、地図を広げた。
トゥーレの峠道は、細く、険しく、そして一本きりだった。北へ迂回する道はない。南は崖。この関所を通らずに峠の向こうへ荷を出す方法は、地図のどこにも描かれていない。
アルバでは、圧力をかけられたら迂回路を組めた。ここでは、それができない。一本道の関所は、開けさせるか、開くまで待つか——正面しか、ない。
「難しい荷ですねえ」
私は独りごちて、灯りを少し細めた。難しい荷ほど、段取りの立て甲斐がある。それだけは、この三年で覚えた数少ない前向きな性分だ。
窓の外、峠の風が、止められた馬車の幌を鳴らしていた。
第二部の敵役その一、代官キッツの登場です。通行税を二回取る、袖の下は堂々と、悪口の語彙は「倉庫番あがり」。……小物なんですが、なぜか強気。そう、後ろに誰かがいるからですね。次話、その「誰か」に、ついに名前がつきます。灰色の書記官、覚えていますか? そして老門番ボルグ、良い頑固じいさんが出せて作者は満足です。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




