第26話:辺境伯の名代になったら、初日から関所で足止めされた
本日の荷:立て直しの依頼、ひと山。
夏の朝、アルバ中継所の広場は、荷と人の声でいっぱいだった。
東からの馬車が着き、西へ帰る空荷が「帰り荷ありますか」と声をかける。帳場ではティナさんが算盤を弾き、見習いの間の若い衆が荷札を数え——ではなく、数えるなと叱られ、流れで覚えろと言われ、半泣きで蔵に走っている。二十年前に死んだ町が、今朝もちゃんと息をしていた。
「ロイド。あんた宛の使者。辺境伯家の紋付きよ」
ティナさんが、一通の書状を私の机に放った。蝋の封に、辺境伯家の三つ星。
「……いやですね。あの紋、頼み事の時しか来ないんですよ」
「開ける前から嫌がらないの」
*
三日後、私は辺境伯領の都・ヴェルンの、政務館の一室にいた。
上座にウェルナー辺境伯。傍らに政務官のセドリックさん。用件は、書状の三つ星が予告した通り、頼み事だった。それも、ずいぶん大きい。
「単刀直入に言う。儂の領の街道が、あちこちで詰まっておる」
辺境伯が地図を広げた。西部の環状の路——ヴェルンからアルバ、峠を越えて鉱山町、川港レーム、そしてヴェルンへ還る一巡り。私がアルバで思い描いていた《西部環状線》の、そのままの形だ。
「半年前まではただの寂れた路よ。だが近頃、妙な話が続く。関所で荷が腐る。川港で船が出ん。鉱山で鉱石が動かん。——どこも、ついこの間まで普通に回っておった拠点だ。それが申し合わせたように、同じ頃、同じように壊れた」
「申し合わせたように、ですか」
「そうだ」辺境伯は私の眼を見た。「壊れ方が、美しすぎる」
その言葉に、背筋が少しだけ冷えた。美しすぎる帳簿。美しすぎる崩壊。——その言い回しを、私はもう一人、知っている。
「セドリック、あれを」
「はい」政務官が一枚の書付を寄越した。「王宮の諮問はまだ決着しておりません。フェルズ侯爵の『共同運営体』案と、当家の『実績ある中継網への委託』案が、真っ向から競っております。……本来、殿がこのような委任を独断で発するのは、越権との誹りを免れぬところ」
「だが儂は通した」辺境伯が遮った。「諮問がぐずぐず一年も転がしておる間に、儂の民は塩の切れた冬を越すのだぞ。理屈より先に荷を通す。それが儂の流儀だ」
そして辺境伯は、私に向き直った。
「ロイド・ハーヴェン。お前を儂の名代とする。西部の破綻した拠点を、順に立て直せ。関所も、川港も、鉱山も。——儂は誠実さに興味はない。届く荷に興味がある。お前は、荷を届ける男だ。違うか」
「……荷は届けます。届かない理由を消すのが、私の仕事ですから」
「がはは。よい返事だ」
*
アルバに戻り、私は手早く算段した。
アルバ中継所は、もう私がいなくても回る。所長のドモス親方、帳場のティナさんとフィオナさん、御者頭のガッシュさんとマルコさん。私は差配頭のまま、拠点へ出張する身になる。
「行ってらっしゃい、じゃないわよ」ティナさんが腰に手を当てた。「あんたが留守の間、アルバはあたしが回すの。だから——ちゃんと立て直して、ちゃんと帰ってきなさい。荷物と一緒に」
「宛先を間違えなければ、還ってきますよ」
最初の拠点は、峠の関所町トゥーレ。環状線のちょうど関節にあたる、一本道の要衝だ。ここが詰まると、環の全部が回らない。
同行は、見習いの間から一人。王都から流れてきた若い衆、ユーゴ。荷の見方を学びたいと机に座って一月、初めての実地だ。
「せ、先輩っ、俺、役に立ちますか」
「立ちますよ。荷は多いほうがいいんです。数える手も」
「数えるなって言われました」
「では、流れで覚えてください」
*
トゥーレの関所は、峠のいちばん狭い所にあった。
石造りの門。その手前に、馬車が長い列を作って止まっている。二十台、いや三十台。どの荷台にも、幌の隙間から野菜や塩袋が覗き——そのいくつかは、もう饐えた匂いをさせていた。
列の先頭で、関所吏が御者の一人と揉めている。
「だから、通行税はもう払っただろう!」
「あれは入りの分だ。峠を『越える』にはもう一枚要る。それがこの関所の決まりでね」御者の掌に、関所吏がにやりと手を出した。「……もっとも、話の分かる御者には、早く越える道もある。分かるだろう?」
袖の下。それも、堂々と、白昼の門前で。
私は列の腐りかけた荷を見て、それから、腐りかけた徴税の匂いを嗅いだ。
「ユーゴ」
「は、はい」
「覚えておいてください。荷は嘘をつきません。嘘をつくのは——いつだって、荷札を書く側と、関所を開ける側です」
第二部「街道再建請負編」、開幕です。舞台はアルバから飛び出して、西部の街道網へ。第一の拠点は峠の関所町トゥーレ、敵は通行税を二回いただく代官キッツ——そして、その後ろで署名をしない手。ヴァルガは倒れましたが、元栓はまだ閉まったまま。ロイドの「戦わないざまぁ」、拠点ひとつずつ、続けます。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




