第25話:荷は、正しい場所へ還る
本日の荷:新しい季節、ひと揃い。
街道の並木が若葉で膨らむ頃、アルバに、二十年ぶりの忙しい季節が来た。
広場には朝から馬車が並ぶ。井戸端の茶店は二号店を出した。南の問屋蔵は三棟とも開き、二十年ぶりに三棟目の梁の埃が払われた日、親方は「掃除だ掃除」と言いながら、誰よりも長く梁を磨いていた。
町の入り口には、新しい看板が立っている。
『王家逓送局指定 御用中継所アルバ』
文字はティナさんの祖父——ゼフ町長の筆だ。床上げの祝いに何が欲しいかと孫娘に問われた老人は、「筆と墨」とだけ答えたそうだ。二十年前に書くはずだった看板を、二十年遅れで書いたことになる。
「曲がってないかしら、あれ」
「曲がってません。三回測りましたから」
「あんたが測ったの!? 看板まで!?」
春の改まりに合わせて、差配所は「アルバ中継所」として正式に組織を改めた。所長はドモス親方。差配頭は私。帳場頭はティナさんとフィオナさんの連名。御者頭はガッシュさんとマルコさん。夜警頭はヤコブさん。
そして、新しい部屋がひとつ増えた。
見習いの間。机が八つ。王都の若い衆が二人、鉱山町から一人、レームの船主の娘が一人、ヴェルンの工房の三男が一人——荷の見方を学びたいという者たちが、もう五人も座っている。
初日の講義で、私は彼らに、蔵の前で荷を数えさせた。
「数えるな、流れで覚えろ」
言ってから、少し笑ってしまった。師匠、すみません。教える側に回ると、本当に、同じ台詞しか出てきません。
*
夕方、一台の馬車が中継所に着いた。積み荷は、ヴェルロの砦からの返り便——空の麦袋と、一通の手紙。
『アルバ中継所御中。新体制による兵站輸送、初月の着荷率、十割。十八年ぶりの満額である。兵卒一同にあの毛布の礼と併せ、深甚の謝意を表す。ヴェルロ砦隊長』
王宮の諮問は、まだ決着していない。フェルズ侯爵の「共同運営体」案と、辺境伯の「実績ある中継網への委託」案は、王宮で真っ向から競り合っている。ただ、その綱引きの間だけでも、と辺境伯が捻じ込んだ暫定措置——西部区間の兵站輸送のアルバ中継網への試験委託は、最初の月で、この数字を出した。
「着荷率十割って、当たり前のことなのにね」ティナさんが手紙を読み返しながら言った。「当たり前のことが、十八年ぶりの大事件になるんだから、いやになっちゃう」
「当たり前の流れを守るのが、私たちの商売です。派手ではありませんが」
「派手じゃない、ねえ」
ティナさんは、ふふんと笑って、帳場の壁を指した。
そこには、額に入れて飾られた一枚の紙がある。フィオナさんが王都から持ち帰った、あの三百枚の引き継ぎ書の、表紙だ。『引き継ぎ書 配送台帳係ロイド・ハーヴェン』。誰にも読まれなかった紙の束の、一番上の一枚。
「あたしが額に入れたの。うちの中継所の、創業の品だから。——この紙を『落書き』って呼んだ人たちの商会はこの世から無くなって、この紙を書いた人は、ここにいる。それが答えよね」
*
夜、私は一人で帳場に残り、月次の締めをしていた。
締めの最後に、私は師匠の台帳を開く。癖になった。表紙裏の、王国の流路図。師匠が斜線で塗り潰した、あの濁った一本は、今月、確かに澄み始めている。
ただ——図の中心、王都のあたりに、師匠はもう一つ、小さな印を残している。
解読の済んだ今でも、意味の取れない印がひとつ。元栓の絵だと、私は思っている。師匠が最後まで辿り着けなかった、流れの大元。署名をしない手。フェルズ侯爵——あるいは、その、さらに向こう。
「……師匠。続きは、こちらで引き継ぎます」
台帳を閉じ、灯りを消そうとした時、帳場の戸が開いた。
「やっぱりここにいた。ほら、上着。夜は冷えるんだから」
「ティナさん。まだ起きてらしたんですか」
「見廻りの途中。町長代行だから……ううん、訂正」
彼女は、私の机に上着を置いて、悪戯っぽく笑った。
「次の町長選び、お祖父ちゃんがあたしを正式に推すって。だから今のうちに言っておこうと思って。——ようこそ、アルバへ。町長として、正式に。半年前に言いそびれたから」
「……ありがとうございます。良い町に、流れ着きました」
「流れ着いた、じゃないでしょ」
ティナさんは、帳場の窓を開けた。夜風と一緒に、夜の町の音が入ってくる。厩の馬の寝息。夜警のヤコブさんの拍子木。遠くで、夜営の御者の歌。二十年前に死んで、もう一度生き返った、町の音。
「あんたはこの町に『届いた』のよ。荷物と一緒。宛先は、最初からここだったの」
荷は、正しい場所へ還る。
ならば私の三年間も、師匠の十八年も、この町の二十年も——全部、ここに届くための、長い長い輸送だったのかもしれない。
明日も、夜明け前から荷が来る。
倉庫番の朝は、早い。
【第一部・宿場町アルバ編 完】
第一部、完結です。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。クビになった倉庫番は、町と仲間と看板と、それから「弟子」を得ました。——ですが、元栓はまだ閉まったまま。署名をしない手との本当の勝負、第二部「街道再建請負編」でお会いしましょう。ブックマーク・評価・感想、何よりの帰り荷です!




