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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第24話:静かな崩壊

 本日の荷:商会一つ(解体、各所へ仕分け)。


 大商会の最期というものは、派手な音を立てない。


 審査会の翌日、王都市場の指定運送業者の名簿から、ヴァルガ商会の名が消えた。それだけだった。けれど、それが全てだった。


 名簿から消えた商会には、荷が来ない。荷の来ない商会に、銭は流れない。銭の流れない商会から、人は去る。三日目には残っていた取引先のすべてが解約を申し入れ、五日目には債権者が蔵の前に列を作り、七日目——商業ギルドは、ヴァルガ商会の破産整理を公告した。


 跳ね馬の紋の大看板が外される日、王都西郊の総合倉庫の前には、ちょっとした人垣ができたという。二十年前、アルバから流れを奪って建った、あの倉庫だ。


 フィオナさんは、その光景を見に行かなかった。


「興味がありません。残高ゼロの帳簿を眺める趣味はないので」


 と言いながら、その日の夜だけ、彼女は叔父の墓の方角へ向けて、葡萄酒の杯を一つ、窓辺に置いていた。


   *


 ロンダール質商の手形開示は、商務局と会計検査院の合同調査に発展した。


 ただし——その先で、流れは、見事に堰き止められた。


「手形の最終的な受取人は、ロンダール質商の『運用口』だそうです。質商の主人は『預かり資産の運用であり、出資者の名は明かせぬ』の一点張り。質商の顧客名簿は貴族財産保護法の壁の向こう。商務局の権限では、そこから先へ進めません」


 セドリック殿は、王都の辺境伯邸で、調査の壁を率直に説明してくれた。


「フェルズ侯爵の名は、今回の調査書類のどこにも、一度も、現れない。見事なものだ。二十年間、一枚の紙にも署名していない。……ガレオンの言った通りだな。蛇口は替えが利く。元栓は、署名をしない」


「侯爵側に、動きは」


「ある。それも、奇妙な動きが」


 セドリック殿は、一枚の写しを寄越した。王宮に提出された、ある建白書の写しだった。


『西部国境方面兵站輸送の改革について——兵站路線の民間委託を見直し、信頼の置ける複数商会による共同運営体制を構築すべし。発起人、フェルズ侯爵』


「……これは」


「先手を打たれた。『兵站の不正に心を痛めた侯爵閣下』が、自ら改革の旗を振っておられる。新しい共同運営体に名を連ねるのは、いずれも侯爵家と縁の深い商会ばかり。——蛇口が壊れたのでな。新しい蛇口を、まとめて据え付けるおつもりだ」


 なるほど。これが、元栓の戦い方か。


 不正が暴かれれば、暴いた側より早く「改革者」の席に座る。流れを止めない。付け替える。二十年前、アルバでやったように。


「ロイド・ハーヴェン。閣下から言伝だ。『近く、王宮で西部物流の今後について諮問の場が持たれる。儂は西部の領主として呼ばれる。お前は儂の随員として来い』……とのことだ。閣下は、侯爵の「改革」に、真っ向から対案をぶつけるおつもりだ。西部環状線と御用中継網の実績、つまり——お前の帳簿をな」


「承知しました。帳簿はいつでも、誰の検めでも」


「ふ。閣下が気に入るわけだ」


 セドリック殿は珍しく笑い、それから、ふと真顔に戻った。


「一つ、忠告しておく。今回の件で、お前の名は王都の貴族たちに知られた。『侯爵の二十年の仕組みを、帳簿一冊で壊した宿場町の差配人』としてな。……これからは、敵も、味方のふりをした敵も、桁違いに増える。アルバに帰ったら、足元を固めることだ。幸い、お前には帰る町がある。それは王都の連中の誰よりも、強いことだ」


   *


 王都を発つ朝、私は半年ぶりに、東門の荷捌き場に寄った。


 ヴァルガなき後の王都の物流は、中小の商会が分け合って、どうにか回り始めていた。あちこちで指図が交錯し、馬車が詰まり、怒号が飛ぶ。お世辞にも美しい流れではない。けれど、流れてはいる。荷は、流してくれる者のところに集まる。それだけのことが、ちゃんと起きている。


「——おう、あんた! ロイドさんじゃねえか!」


 声をかけてきたのは、見覚えのある若い衆だった。あの頃、荷揚げ場にいた一人だ。今は小さな運送組合で、差配の真似事を始めているという。


「なあ、あの頃あんたが使ってた、赤丸の荷札あるだろ。夏の朝の。あれの順番の決め方、教えてくれねえか。俺たち、見よう見真似でやってんだが、どうにも上手くいかなくてよ」


 私は、少し考えて、答えた。


「口で説明すると三日かかります。……今度、うちの町に研修に来ませんか。宿場町アルバ。飯と寝床は世話します。同じことを知りたがっている人間が、ほかにもいますので」


「け、研修? いいのか? 商売敵になるかもしれねえぜ?」


「構いません。流れは、独り占めするより、つなぐ方が太くなりますから」


 帰りの馬車は、西へ向かう。


 半年前と同じ街道。同じ轍。違うのは、馬車の行く先に、おかえりと言ってくれる町があることだ。

お読みいただきありがとうございます。大商会の最期は静かに、そして元栓は署名をしない——侯爵戦の構図が見えてきました。次話、第一部、最終話です。「荷は、正しい場所へ還る」。ブックマーク・評価、最後までお付き合いいただけたら幸いです!


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