第22話:王都への、最後の便
本日の荷:紙の束、四組(王国でいちばん重い紙)。
審査会への出立を前に、差配所で最後の積み込み会議を開いた。
「皆さんに運んでいただくのは、証拠書類一式。師匠の裏帳簿の写し、砦の主計控え、手形の記録、その他。重さにすれば、鞄一つ。ですが——この荷は、王国でいちばん狙われる紙です」
敵がこちらの動きに気づいている兆候は、すでにあった。
三日前、灯火亭に「飼い葉の商談」を名乗る見知らぬ男が泊まり、夜中に帳場の戸に手をかけて、ヤコブさんに誰何された。男は朝を待たず消えた。昨日は、西街道で「アルバの馬車は近く王都で大きな荷を運ぶらしい」と探りを入れる人足がいたと、ガッシュさんの隊から報せが来た。
「向こうは『紙が存在するかもしれない』ことまでは掴んでいる。ならば、王都までの三日のどこかで、必ず奪いに来ます。火事の前例もあります。……そこで、この荷は、私たちの流儀で運びます」
「分散ね」とティナさん。
「ええ。写しを四組、作りました」
第一便。ガッシュさんの定期便。いつも通りの羊毛と蜂蜜の梱の中に、油紙で固めた一組を沈める。いつも通りの道を、いつも通りの顔で。
第二便。川の道。レームから北回りの船便で、王都の北船着き場へ。船荷の全量検査は逆手に取る——検査というのは、役人の検印が付くということだ。「検査済み」の封がついた荷ほど、堂々と王都に入れる紙はない。
第三便。マルコさんと私の乗る、表の便。辺境伯府の紋章旗を立てた、誰の目にも分かる護送馬車。これ見よがしの鉄箱を積む。
「……つまり、第三便が囮ってわけだ」親方がにやりとした。「鉄箱の中身は」
「ティナさんが選んでくれました」
「うちの宿の、三年分の献立帳よ。豪華な鉄箱に入れて、鍵を三つかけといたわ。開けた人が腹を空かせますように」
そして第四便。
「最後の一組は、運びません」
「……運ばない?」
「アルバに置いていきます。町長と、親方の手元に。万一、王都で三組すべてが失われ、私たちが帰らなかった場合——この一組を、辺境伯府経由で、王宮の会計検査院へ。手はずはセドリック殿が整えてくれています。つまり敵がこの紙を完全に消すには、王都で三度成功した上で、アルバの町ごと、辺境伯府ごと潰すしかない。そこまでやれば、隠蔽の方が不正より高くつく」
差し止めようのない流れを、先に作っておく。荷を確実に届ける唯一の方法は、強い護衛ではなく、「止めても無駄な仕組み」だ。
「最後に、皆さんに一つだけ」
私は、頭を下げた。
「この荷が届けば、ヴァルガ商会は終わります。侯爵家も無傷では済まない。つまり私たちは、王都の大貴族を、本気で敵に回します。今ならまだ、引き返せます。差配所はもう軌道に乗っている。この紙を竈にくべて、何も知らない宿場町として栄える道も——」
「ロイド」
親方が、煙管で、こん、と床を突いた。
「儂の親父は二十年、車軸を磨いた。お前の師匠は十八年、帳面を書いた。……年寄りどもが何のためにそうしてたか、お前が一番分かってるだろうが。湿気た口上はやめて、荷札を切れ。倉庫番」
「……はい。失礼しました」
ティナさんが笑い、フィオナさんが頷き、ガッシュさんが「がっはっは」と全部を吹き飛ばした。
*
道中のことは、後から思えば、敵ながら律儀なものだった。
初日の夜、囮の第三便は、案の定、夜営地で「夜盗」に襲われた。鉄箱だけが、見事な手際で運び去られた。護衛は誰も深手を負わなかった。連中の狙いが最初から箱だけだったからだ。三年分の献立帳と、ティナさんが箱の底に忍ばせた書き置き——『お疲れさまです。今夜のおすすめは兎肉の香草焼きです』——が、今頃どこかで開封されているはずだ。
二日目、ガッシュさんの定期便は、街道の関で「抜き打ちの荷検め」に遭った。羊毛の梱が一つずつ解かれ、しかし役人たちは、梱の中の油紙には気づかなかった。羊毛の梱包というのは、解くより戻す方が難しい。検めを終えた役人たちが汗だくで梱を縛り直す横で、ガッシュさんは麦湯を勧めてあげたそうだ。
川の第二便は、何事もなく検査を受け、「検査済」の封印という最強の通行証を貰って、北船着き場の倉庫に収まった。
そして三日目の夕刻。
王都の西門が見えた。半年ぶりの王都だった。出て行った時は、鞄一つの流れ者だった。
今は、四つの便と、町ひとつ分の信頼と、二人の年寄りの二十年を積んでいる。
「明日ですね、先輩」
並んで馬車に揺られながら、フィオナさんが言った。
「ええ。……明日、帳尻を合わせましょう」
お読みいただきありがとうございます。証拠の輸送もまた物流——分散、偽装、囮、そして「止めても無駄な仕組み」。ティナの書き置きが個人的なお気に入りです。次話、審査会開幕。追放の、本当の理由が衆目の前に。ブックマーク・評価、最終決戦前にぜひ!




