第21話:数え歌の正体
本日の荷:林檎が三つ、塩が七つ、布が二反で蜜が一壺。
数え歌の仕掛けそのものは、解読を始めた晩に、フィオナさんが見抜いていた。
「単純です。だからこそ、誰にも見つからなかったんだと思います」
師匠の台帳は、一見、ただの日録だ。何年何月何日、林檎何箱を何処へ、塩何俵を何処へ。日付も荷も実在のもので、検めても嘘がない。商会長の手の者が古紙屋を漁ってこれを見つけたとしても、ただの引退した番頭の手控えにしか見えなかっただろう。
「でも、数え歌の順——林檎、塩、布、蜜、革、鉄、油、麦……この品目の順番で各頁から行を拾って、拾った行だけを並べ直すと、別の帳簿が浮かび上がります。品目は符丁です。『林檎』の行は実際には兵站の麦を、『塩』の行は輸送の経路を、『布』は経由した蔵を、『蜜』は——お金の行き先を記録している」
つまりこの台帳は、表の日録の中に、一行ずつ、ばらばらに沈めて隠した裏帳簿なのだ。鍵は紙ではなく、人の記憶の中——弟子の口ずさむ数え歌の中にだけ、ある。
「帳簿を隠すなら帳簿の中に、ですか。……師匠らしい」
「悪筆の暗号文なら、見つかれば怪しまれます。でもこれは、見つかっても『きれいな日録』。叔父は、見つかることまで計算に入れていたんだと思います」
そして、三人がかりの夜なべが一月——今夜、最後の頁の書き起こしが、終わった。
*
机の上に、浮かび上がった裏帳簿の写しが積まれている。
フィオナさんが、震えないように両手で押さえながら、要点を読み上げた。
「対象期間、十八年分。第七兵站路線における、王都兵站府発注量と、実際の砦着量の対照記録。月次で、欠けなく」
「発注量に対する砦への到着率、平均六割二分。抜き取りは王都の出荷時点と、中継のヴァルガ西郊倉庫の二箇所。抜かれた物資の転売先、王都の三つの商会名。各月の転売額の記録」
「そして——転売益の分配記録。ヴァルガ商会の取り分、四割。残り六割の送り先は、ロンダール質商経由の無記名手形。手形番号、十八年分」
ロンダール質商。フェルズ侯爵家の、御用質商。
飼い葉の買い占めに使われた、あの手形と同じ出どころだ。つまり手形番号さえあれば、質商の控えと突き合わせて、金の流れの終点を辿れる。
「……叔父は、番頭の権限で商会の元帳を写し続けていたんですね。十八年。商会を追われる、その日まで」
「数字は揃ってる」ティナさんが、写しの山を見据えた。「揃いすぎてるくらい。でもロイド、これ、写しよね。原本はヴァルガの元帳。向こうが元帳を燃やしたら、『引退した番頭の創作』だって言い張られない?」
「いい指摘です。単体では、言い張られます。ですから、これ単体では出しません」
私は、この一月で揃えてきた紙の束を、机に並べた。
「一つ。ヴェルロの砦の主計記録の写し。先日の毛布の納品の際、あの古参兵曹が、隊長殿の了解付きで託してくれました。実際の着荷量の、砦側の控えです。師匠の台帳の『着量』と、突き合わせられます」
「二つ。競送の時の、ヴァルガの入札書。銀三千の採算割れ入札は、この路線に第三者を入れないための値だったことの、状況証拠」
「三つ。フィオナさんが在職中に正規の手続きで保全した、経理部の精算記録。飼い葉買い占めの手形と、転売益の手形が、同じロンダール質商から出ていることを示すもの」
「そして四つ目——これが要です。セドリック殿から今朝届きました」
辺境伯府の封蝋付きの書状。
『貴所より照会の件、閣下の名において確認した。王立施療院は競送の際の〈ひいらぎ藻〉緊急輸送の功により、アルバ中継所への信任厚し。また西部国境砦ヴェルロの隊長は、辺境伯の軍権下にある。両者、審査会での証言を厭わぬとのこと。
加えて閣下より一言。「面白くなってきたではないか。儂も王都へ行く。届く荷の味方をしに、な」』
「……辺境伯さまが、審査会に?」
「監督官庁の王宮役人の前で、西部の領主が同席して、砦の隊長が証言する。この布陣なら、『番頭の創作』では片付けられません。隊長殿の照会を転属辞令で握り潰した時とは、場の重さが違います」
ティナさんが、ふう、と長い息を吐いた。それから、写しの山の一番上を、ぽん、と叩いた。
「十八年と、二十年。師匠さんの十八年分の数字と、うちの町の二十年。……まとめて精算ね。利子は」
「利子は」と、フィオナさんが事務的に引き取った。「複利で計算しておきました。経理ですから」
審査会まで、あと十日。
荷は、揃った。あとは、届けるだけだ。
お読みいただきありがとうございます。数え歌の正体は「帳簿の中に隠した帳簿」でした。第6話で口ずさんでいたあの歌が、ここまで運んでくれました。次話、王国でいちばん重い紙の積み込みと護送——「王都への、最後の便」。ブックマーク・評価、よろしくお願いします!




