第20話:師匠の「型」
本日の荷:思い出ひと抱え(取扱注意、涙腺に響く)。
解読の夜なべは、三人がかりの根比べになっていた。
私が数え歌の順に文字を拾い、フィオナさんが書き起こし、ティナさんが算盤で数字の辻褄を検める。差配所の灯りは、このところ毎晩、夜半過ぎまで消えない。
「先輩。前から訊きたかったんですが」
ある晩、写本の手を止めて、フィオナさんが言った。
「先輩の、その『見える』というのは、何なんですか。荷と路が光る線で見える、と町長代行さんから聞きました。叔父も時々、似たことを言っていました。『荷の流れってのはな、フィオナ、見えるんだよ』って。私はずっと、比喩だと思っていました」
「……比喩、ではないんです。少なくとも私には」
私は、説明を試みた。今までしたことのない説明を。
「目を細めると、見えるんです。町でも、地図でも、蔵の中でも。荷のある場所から、荷の行くべき場所へ、光る線が。太い線、細い線、滞って澱んだ線。子供の頃からではありません。……師匠に台帳を習い始めて、二年目くらいから、だんだんと」
「習い始めてから?」ティナさんが顔を上げた。「生まれつきの才能とか、神様の授け物じゃなくて?」
「ええ。だから私はこれを、特別な力だと思ったことは……」
言いかけて、ふと、手が止まった。
師匠の教えを、思い出したのだ。
最初の一年、師匠は私に台帳を書かせなかった。やらされたのは、奇妙な修練ばかりだった。
蔵の前に座らされ、出入りする荷を夕方まで数える。「数えるな、流れで覚えろ」。荷札の束を一瞬だけ見せられ、伏せられ、「今のを言ってみろ」。市場を一周して、「どの店の在庫が三日で尽きるか言え」。雨の日は橋に立たされ、「水の流れを見ろ。澱む場所には理由がある。荷も同じだ」。
そして、数え歌。「荷札を数える時はこの順で口ずさめ」。
全部、台帳の書き方ではなかった。あれは全部——「見え方」の稽古だった。
「……『型』だ」
声に出ていた。
「フィオナさん。師匠の手紙にあったでしょう。『読み方は教えていない。教えれば、わしの轍を踏む』。私はあれを、台帳の暗号のことだと読みました。違う。いえ、それだけじゃない。師匠が私に仕込んだのは、暗号の読み方どころじゃなく——荷の流れを見る『目』そのもの、観察の『型』です。蔵の前の数取りも、橋の上の水見も、数え歌も、全部。私の《流路図》は、授かり物じゃありません。師匠が二年かけて、私の目に刻んだ技術です」
差配所が、しんとなった。
「……それって」ティナさんが、ゆっくりと言った。「つまり、教われば、誰でも?」
「素質と年月は要るでしょう。ですが、原理的には——ええ。誰でも」
言いながら、視界が少し滲んだ。
ずっと、半端な引け目があったのだ。私の差配は私一人の目に依存している。私が倒れれば、流れは止まる。ヴァルガがそうだったように、属人の仕組みは、その人と一緒に死ぬ。アルバの皆の暮らしが懸かった流れを、私という一個の壺に入れておくことが、ずっと、静かに怖かった。
でも、これが「型」なら。
型は、継げる。師匠から私に継がれたように、私から、次の誰かへ。
「ティナさん。フィオナさん。……解読が終わって、この戦が済んだら、やりたいことができました」
「奇遇ね。あたしも今、同じこと考えてた」ティナさんが、にっと笑った。「中継所に、台帳と差配の見習いを置くんでしょ。言っとくけど一番弟子はあたしよ。算盤歴十二年」
「経理実務なら私が先任です」
「年季はあたしが上!」
「では、お二人とも一番弟子ということで」
その夜、寝る前に、私は師匠の台帳の表紙裏を、もう一度開いた。
奇妙な線描き。点と点を結ぶ、川のような、血管のような線。
今なら、分かる。これは手慰みの落書きなどではない。これは王国の地図だ。地名も枠線もない、けれど確かに——王都を心臓に、街道を血管に描いた、王国の「流路図」。師匠の目に映っていた景色そのものだ。
そしてその図の中で、一本だけ、線が濁っている。
王都から西へ。国境の山裾へ。
第七兵站路線にあたる線にだけ、師匠は細かい斜線を、何重にも、何重にも重ねていた。澱んだ流れを描く時の、あの斜線を。
「……見えていたんですね、師匠。最初から、全部」
台帳は答えない。けれど今は、紙の匂いの向こうに、蔵の前に座らされた夏の日の、師匠の声が聞こえる気がした。
——数えるな、流れで覚えろ。
はい、師匠。流れで覚えた弟子が、もうすぐ、あなたの帳尻を合わせに行きます。
お読みいただきありがとうございます。《流路図》の正体は、チートではなく「継げる技術」でした。表紙裏の線描きの伏線、第2話からのお付き合いでした。次話・次々話で、いよいよ隠し台帳が口を開きます。ブックマーク・評価、心の飼い葉です!




