第19話:兵糧は、どこへ消えた?
本日の荷:国境砦行きの毛布二百枚と、確かめたくなかった疑い。
数え歌の読み替えは、すぐには終わらない仕事だった。
台帳は三百頁。数え歌の順に拾った文字を別の紙に書き起こし、符丁を照合し、辻褄を確かめる。フィオナさんと二人がかりでも、夜なべで一月はかかる見込みだった。
「読み解きはあたしたちで進めます。先輩は先輩にしかできないことを」
ということで、私は荷台の上にいた。
西部国境砦、ヴェルロの砦行き。鉱山町の購買所が受けた「毛布二百枚」の納品に、検品役として同行したのだ。第七兵站路線の終点を、この目で見るために。
ヴェルロの砦は、国境の山裾に蹲る、石積みの古強者だった。駐屯は六百。西の隣国とは十年来の小康状態だが、国境の砦は警備を緩めない。緩めないはず、だった。
「……痩せてるわね、兵隊さんたち」
同行してくれたティナさんが、小声で言った。
検品の立ち会いに出てきた兵たちは、確かに、精悍というには頬の肉が薄かった。毛布を受け取る手つきが、妙に恭しい。物資を大切にする手つきというのは、物資に飢えた手つきだ。
検品の合間、購買所と顔馴染みだという古参の主計兵曹と、世間話をする機会があった。世間話は、台帳係の取材術の基本である。
「雪解けどきの砦は底冷えする。この時期に毛布が来るとはありがたい。去年の冬の分は、雪が降ってから届いた」
「兵站便が遅れたんですか」
「遅れちゃいねえよ。書類の上ではな」
兵曹は、皮肉に唇を曲げた。
「王都の兵站台帳じゃ、うちの砦は毎月、麦百俵、塩十俵、干し肉五十貫、油と蝋燭と飼い葉が規定量、耳を揃えて届いてることになってる。署名も判もある。完璧な帳簿だ。——だがな、兄さん。実際に荷を降ろす俺の体は、月に麦六十俵しか担いでねえ」
「……四割、消えている」
「言い方に気をつけな。『消えた』物資なんてものは、この王国には存在しねえんだ。帳簿が完璧だからな」兵曹は声を低くした。「うちの隊長が三年前、補給の実数を兵站府に照会したことがある。返ってきたのは回答じゃなく、隊長の転属辞令だった。北の果ての、雪しかない監視塔にな。それ以来、誰も訊かねえ」
「足りない分は、どうやって」
「自弁よ。兵の給金から天引きで、近隣の村から買い足す。国境の兵隊が、自分の飯を自分の財布で買ってる。……笑えるだろ。だから毛布一枚が、ありがてえのさ」
帰りの荷台で、ティナさんは長いこと黙っていた。
口を開いた時、声が震えていた。怒りで。
「……ねえ。つまり、こういうこと? 王都は規定量を仕入れて、お金も払ってる。砦には六割しか着かない。差の四割は、輸送の途中の『どこか』で抜かれて、別の場所で売られてる。代金は誰かの懐。帳簿は揃ってる。兵隊さんは痩せてる。——これが、二十年」
「おそらくは。そして輸送を担うのが、第七兵站路線。ヴァルガ商会が、銀三千の赤字入札をしてでも手放さなかった路線です」
「師匠さんが怒鳴ったのも」
「ええ。『砦の兵隊を、飢えさせる気か』。……師匠は台帳の上でこの四割を見つけて、消された。私は毎月の集計でこの四割の影を踏みかけて、切られた。そういうことなのだと思います」
ティナさんは、ぎゅっと膝の上で拳を握った。
「許せないのはね、あたしたちの町のことじゃないの。いえ、それも許してないけど。……兵隊さんは、逃げられないのよ。荷主なら商会を替えられる。御者なら仕事を替えられる。でも国境の兵隊は、届いた物で冬を越すしかない。一番逃げられない人から、一番安全に抜いてる。これを考えた人は、それを分かって選んでる」
一番逃げられない人から、一番安全に抜く。
二十年前のアルバも、そうだった。抗う力の弱い場所から、流れは奪われた。
「ロイド。台帳の解読、急ぎましょう。あたし、夜なべ増やすから」
「ええ。……ただ、一つだけ、先に決めておきたいことがあります」
私は、暮れていく街道の先を見た。
「この証拠は、出す場所と出し方を間違えると、握り潰されます。隊長殿の照会が転属辞令で返ってきたように。……兵站の不正は、軍と、貴族と、商会に跨がる話です。生半可な訴え先では、訴えた側が消える」
「じゃあ、どこへ」
「審査会です」
「……え?」
「来月、王都商業ギルドで開かれる、ヴァルガ商会の差配能力審査会。霜月祭の失態を受けて、市場の組合長たちが請求したものです。あの場には、ギルドの理事会、市場の組合長たち、王都の有力商人——そして、監督官庁として王宮の役人が列席します。公開で、議事録が残り、ヴァルガの帳簿が正式に検分される、唯一の場所」
敵の帳簿が公式に開かれる日に、本物の帳簿をぶつける。
「席は、向こうが用意してくれています。招かれざる証人として、参りましょう」
お読みいただきありがとうございます。第七兵站路線の終点で見たもの——「一番逃げられない人から、一番安全に抜く」。ティナの怒りがこの章の芯です。次話、解読作業の中で、ロイドは自分の《目》の正体を知ります。ブックマーク・評価、何卒!




