第18話:フィオナ・リッツの叔父さん
本日の荷:後輩一名(今回は、片道切符)。
フィオナさんが再びアルバに現れた時、その荷物は前回の倍あった。
「ヴァルガ商会経理部を、正式に退職してきました。今月の給金が遅配になった時点で、雇用契約の解除事由です。退職の手続きは完璧にしてきました。経理ですから」
「……それは、つまり」
「就職活動に来ました。御用中継所アルバに、帳簿のつけられる人間は何人いますか。先輩と町長代行さんの二人だけのはずです。新規雇用十九人と北方直販路の帳簿が、二人で回りますか。回りませんよね。雇いますよね」
面接というより、詰めだった。即日採用となった。ティナさんが「帳簿仲間!」と手を取り、その夜のうちに二人で勘定科目の流儀について一刻も議論していたから、たぶん相性は良い。
夜更け。帳場の灯りが落ちた頃、フィオナさんは差配所に残っていた私の机に、静かに一通の古い手紙を置いた。
「……先輩。王都を引き払う時に、決めてきました。今夜、全部話します」
彼女は、椅子に座り直した。
「私の母の旧姓は、オルソンといいます。——番頭オルソンは、私の叔父です」
驚きは、不思議と少なかった。ああ、やはり、という静かな音が胸の中でしただけだった。報告がお上手で、数字を愛し、嘘の帳簿を憎む人。あの人の姪なら、そうだろう。
「叔父が商会を追われた時、私は十四でした。『横領』と聞いて、母は寝込みました。叔父は何も弁明せず、街外れの長屋に引きこもって……でも、月に一度、うちに来る時だけは楽しそうでした。『最近、弟子を取ってな』って」
「……それは」
「ええ。先輩のことです。『荷の見える目をした若いのが来た』『数え歌をいやがらずに覚えた』『あいつの台帳は、わしより美しい』——叔父は先輩の自慢ばかりしていました。私がヴァルガの経理に入ったのは、それが理由です。叔父を『横領』にした帳簿が、どこかにあるはずだと思ったから」
彼女は、机の上の手紙を、指先で私の方へ押した。
「叔父が死ぬ半月前、私宛てに届いたものです。ずっと、意味が分かりませんでした。先輩に見せるべきか、何年も迷いました。……今は、見せるべき時だと思います」
古い封筒。中身は、一枚きり。
師匠の字だった。懐かしい、几帳面で、少し右上がりの。
『フィオナへ。
わしの葬式が済んだら、これを読んでいるだろう。湿っぽい話は抜きだ、お前は経理だからな。事務連絡を二つ。
一つ。わしの弟子のロイドという男を覚えておけ。わしの知る限り、王国で一番まっすぐな台帳を書く。いつかお前が、信じられる数字がこの世に一つもないと思う日が来たら、あいつの帳簿を見に行け。
二つ。わしはあいつに、形見の台帳を一冊だけ遺す。だが、まだ読み方は教えていない。教えれば、あいつはわしの轍を踏む。あいつがまだ商会の中にいるうちは、駄目だ。読み方に気づくのは、あいつが商会の外に出て、自分の足場を持ち、敵が誰かを知った後でなければならん。
もしその日が来たら——あいつに伝えてくれ。
「数え歌の順に、読め」と。
来なければ、それでいい。台帳はただの形見で、わしはただの倉庫番の師匠で、お前はわしの自慢の姪だ。それで帳尻は合っている。
オルソン』
長いこと、声が出なかった。
師匠は、全部わかっていたのだ。自分が何を見て、なぜ消されたのか。同じものが私の台帳にも映り始めていたこと。私がいずれ商会の外に放り出されるだろうこと。そして、放り出された私が、いつか自分の足場と仲間を持ち、敵の名前を知る日が来ることを。
商会の外に出て。自分の足場を持ち。敵が誰かを知った後。
——条件は、三つとも、揃っている。
「フィオナさん。……届きました。確かに」
「はい。配達完了です。十年越しですが、経理的には、期限内だと思います」
彼女はそう言って、初めて、年相応の顔で泣いた。
私は鞄から、師匠の台帳を取り出した。古びた革の表紙。裏の線描き。そして、何の変哲もない、日々の荷の記録に見える頁、頁、頁。
「林檎が三つ、塩が七つ、布が二反で蜜が一壺——」
数え歌の、順に、読め。
お読みいただきありがとうございます。フィオナの「残り半分」、開封されました。師匠オルソンからの十年越しの配達です。次話、台帳を読む前に、もう一つ確かめるべきことが——「兵糧は、どこへ消えた?」。ブックマーク・評価、いつも本当にありがとうございます!




