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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第17話:商会長の本気、買い占めと封鎖

 本日の荷:なし(※これが事件です)。


 異変は、飼い葉から始まった。


「兄ちゃん、まずいぜ。ヴェルンの飼い葉問屋が三軒とも『売り切れ』だ。来月分どころか、今月分もねえ」


 ガッシュさんの報せから半日のうちに、同じような報せが次々と届いた。蹄鉄の鉄材が市場から消えた。車軸用の獣脂が消えた。馬の飼い葉、替えの車輪、御者の雇い口——荷を動かすのに要るものが、西部の市場から、片端から消えていく。


「買い占めだ」親方が唸った。「それも、素人の買い占めじゃねえ。荷駄稼業の急所だけを、狙い撃ちで攫ってやがる」


 仕掛け人を調べるまでもなかった。買い手はいずれも王都の口入れ屋や仲買で、その金主を辿れば、皆、同じ場所に行き着く。


 ヴァルガ商会——ではなかった。


「フィオナさんの報せです。買い占めの手形の出どころは、王都の『ロンダール質商』。そしてこの質商は……フェルズ侯爵家の、御用質商です」


 差配所が静まり返った。


 ガレオン・ヴァルガは競送で負け、商会は沈みかけている。なのに、戦は終わるどころか、相手の駒が増えた。元栓の持ち主が、ついに自分の手を盤に置いたのだ。


「加えて、もう一つ。北の川港レームの組合から、苦渋の報せが来ています。『王都の河川条例が改定され、レーム発の船荷は王都の北船着き場で全量検査となった。検査待ちは平均五日』——つまり」


「川の環状線が、塞がれた……」


 買い占めで馬の脚を奪い、条例で川の流れを縛る。腕力と紙の、二段構え。


 二十年前にアルバを干上がらせた手口の、再演だった。


   *


「……さて、皆さん。状況は以上です。率直に言って、痛い。ですが」


 私は、差配所に集まった皆を見回した。親方、ガッシュさん、ティナさん、マルコさんにヤコブさん。半年前には、互いに名前も知らなかった顔ぶれだ。


「相手の手は、教科書通りです。教科書通りということは、教科書通りの弱点があります」


「ほう。言ってみな、倉庫番」


「買い占めの弱点は、『買い続けなければ効かない』ことです。飼い葉は生き物が食べるもので、毎月、新しく生えてきます。彼らが買い占めたのは『市場に出た飼い葉』であって、『畑』ではない。——なので、畑と直接つなぎます。マルコさん、近隣の農家を回ってください。来年分の飼い葉の『先買い契約』を。市場を通さず、畑から厩へ。値は相場の一割増しで構いません。農家は確実な売り先を喜びます」


「市場ごと、迂回するのか……!」


「鉄と獣脂は、鉱山町の購買所に直接頼みます。あの町は、薬荷の恩を覚えていてくれている。そして川の検査条例ですが——これは逆に、好機です」


「は? 塞がれたのよ? どこが好機なの」


「ティナさん。あの条例は『王都の船着き場での検査』です。つまり、王都に入る船だけが縛られる。……北方諸都市へ下る船は、自由なままです」


 私は地図の上で、レームから北へ、指を滑らせた。


「西部の荷を、王都を介さず北方諸都市へ直接売る。前から準備していた北方直販路を、予定より一年早く開きます。王都が入り口を狭くするなら、出口を別に作るだけです。……それに、考えてもみてください。王都は西部の食糧と鉄の、最大の買い手です。検査で五日も遅らせて、困るのは、最後は王都の台所ですよ」


「がっはっは! 違いねえ! 兵糧攻めのつもりが、自分の飯を細らせてやがる!」


 方針は決まった。皆が散り、差配所に夕暮れの静けさが戻る。


 ティナさんだけが残って、帳場の灯りを点けた。


「……ねえ。一つだけ訊いていい?」


「どうぞ」


「あんたの言う通りに動けば、町はたぶん、今度も凌げる。でも、これっていたちごっこよね。向こうは侯爵様。お金も人も無尽蔵。こっちが糸を一本張るたびに、ハサミで切られる。……根っこを断つ方法は、あるの?」


 いい問いだった。帳簿の借方と貸方が合わない時の、あの嫌な感じを言い当てる問いだ。


「あります。一つだけ」


 私は、鞄から師匠の台帳を出して、机に置いた。


「侯爵が二十年、これだけの手間と金をかけて守っているもの——『見られては困る何か』を、白日の下に出すことです。買い占めも、条例も、私の解雇も、師匠の追放も、すべてはそれを隠すための出費だとしたら。隠すものが消えれば、出費の理由も消えます」


「その『何か』の正体に、心当たりは」


「半分だけ。第七兵站路線。銀三千。……砦の兵隊を飢えさせる気か、と師匠は怒鳴ったそうです」


 ティナさんは、古びた台帳の表紙を、じっと見た。


「……その台帳が、鍵なの?」


「分かりません。ですが、商会長は昔、血眼で『帳面』を探していたそうです。そして師匠が私に遺したものは、これ一冊だけです」


 表紙の裏の、奇妙な線描き。点と点を結ぶ、川のような、血管のような。


 私は三年間、これを「亡き師匠の手慰み」だと思っていた。


 今は、こう思っている。——これは、宛先のある手紙だ。


お読みいただきありがとうございます。侯爵側の本格攻勢と、迂回に次ぐ迂回の防衛戦。そして机の上には、ずっとそこにあった一冊の台帳。次話、フィオナが再びアルバへ——「フィオナ・リッツの叔父さん」。ブックマーク・評価が、漕ぎ手と馬たちの活力です!

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