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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第14話:競送前夜、あの値付けはおかしい

 本日の荷:違和感ひとつ(小さいが、重い)。


 競送を三日後に控え、ヴェルンの街は祭りの前のようだった。


 公開検分の触れは西部一帯に回り、街道沿いには見物の場所取りまで出る始末。賭け屋が倍率を出し、下馬評は「量はヴァルガ、難はアルバ、急は五分」だという。


 私はフィオナさんから届いた最新の報せを、ティナさんと検めていた。彼女は王都で、ヴァルガの動きを「経理の目」で追い続けてくれている。


『先輩へ。競送に関わるヴァルガの支出を拾いました。雇い入れた御者六十名、馬百二十頭、いずれも相場の倍払い。先輩、変です。この競送、ヴァルガは勝っても赤字です。広告と思えば安い、という額を超えています。商会の資金繰りは限界なのに、どこからこのお金が出ているのか——出どころを追うと、帳簿の外から入っています。無記名の手形で』


「帳簿の外……」ティナさんが眉をひそめた。「商会のお金じゃないってこと? じゃあ誰の」


「……それと、もう一つ妙な点があります。これです」


 フィオナさんの報せの後半。競送と並行して、ヴァルガが王都商業ギルドに提出した、来期の運送業務の入札書の写し。


『国境方面・第七兵站路線(王都—西部国境砦間、兵糧及び軍需雑貨輸送)——入札額、銀三千』


「銀三千……って、安いの?」


「安いどころではありません。馬の飼い葉代も出ない額です。この路線、距離は王都ヴェルン間の倍。しかも兵站荷は検査が厳しく、手間は民間荷の三倍かかる。適正価格は、最低でも銀九千」


「採算割れじゃない。なんでそんな額で入札……あ、あれか、よくある安売り攻勢? 他の業者を締め出すため、とか」


「それなら、他の路線でもやるはずです。ですがヴァルガが採算割れの値を入れているのは、第七兵站路線、ただ一つ。……ティナさん、これは安売りではありません。これは」


 私は、言葉を選んだ。


「『この路線だけは、いくら損をしても、他人に触らせない』という値付けです」


 商会が傾き、霜月祭で信用が崩れ、競送に社運を賭ける——その瀬戸際で、ガレオン・ヴァルガは兵糧路線だけを、赤字で抱え込もうとしている。


 なぜか。


 その路線の「荷」に、人に見られては困る何かがあるからだ。


「考えすぎかもよ? ほら、軍の仕事って肩書きになるとか、そういう……」


「かもしれません。今は、印だけつけておきましょう」


 私は台帳の隅に、小さく書き付けた。『第七兵站路線。銀三千。要観察』。


 台帳係の経験則だが、帳簿の中で一番大きな嘘は、一番つまらない顔をした行に隠れている。


   *


 その夜、事件が起きた。


「火事だ!! 南の旧蔵が燃えてるぞ!!」


 半鐘の音で、町中が跳ね起きた。南の旧蔵——競送の課題二で使う、硝子細工用の緩衝材(羊毛と藁筵)を備蓄した蔵だ。


 幸い、火は早く見つかった。茶店のおばあさんの孫が、夜釣りの帰りに煙を見つけたのだ。井戸端から手桶を繋いだ消し止めで、蔵の半分は守られた。


 だが、半分は焼けた。羊毛梱は燻り、藁筵は灰になった。


「……失火じゃねえな」


 焼け跡を検分した親方が、吐き捨てた。蔵の裏手、火元のあたりに、油の匂いが残っていた。


「競送三日前に、緩衝材の蔵だけが燃える。分かりやすいこって」


「ロイド、どうするの。ヴェルンで羊毛を買い直す? 今からじゃ値を吹っかけられるわよ。それに量が……」


 町の皆が、青い顔で私を見た。


 私は焼け残った蔵を検め、それから、頭の中の台帳をめくった。アルバに今あるもの。三日で集まるもの。光る線が、町の上を走る。


「……皆さん。緩衝材の本質は『柔らかくて、嵩があって、荷より軽い』ことです。羊毛と藁筵は、その代表というだけで、唯一ではありません」


「っていうと?」


「干し草。それから、籾殻。秋の脱穀の籾殻が、農家の納屋に山ほど眠っているはずです。籾殻は袋に詰めれば最上の緩衝材になります。……それと、もう一つ。ティナさん、町の女性陣にお願いがあります。古着と端切れを集めて、籾殻の小袋を縫っていただけませんか。硝子の一枚一枚を、袋で包みます」


「……籾殻と、端切れ袋」ティナさんの目に、光が戻った。「それなら、お金もほとんどかからない。むしろ農家は籾殻が銅貨になって喜ぶ……!」


「がっはっは! 放火した連中、聞いたら腰抜かすぜ。蔵を焼いたら、敵の緩衝材が安くなりました、ってな!」


 笑いが、夜の広場に戻ってきた。


 火付けの下手人は、結局挙がらなかった。ただ、翌朝、街道の西から来た御者が「夜中に、灰色の外套の男が早馬で王都の方へ走ってった」と証言した。


 手は出してくる。紙でも、火でも。


 であれば、こちらは——荷で勝つだけだ。


「皆さん。三日後、二十年分の取り立てに行きましょう」


お読みいただきありがとうございます。「銀三千の入札」、ぜひ頭の隅に置いておいてください。この作品で一番つまらない顔をした行です。次話、ついに競送当日——第二章のクライマックスです。ブックマーク・評価、何卒よろしくお願いします!

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