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「無能」と追放された倉庫番ですが、王都の物流は私が回していました 〜寂れた宿場町を交易の要にしたら、古巣の大商会が静かに崩壊していくようです〜  作者: 夜凪レン


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第13話:辺境伯は、届く荷にしか興味がない

 本日の荷:閣下御一行(注:こちらが検分される側です)。


 ウェルナー辺境伯は、触れも出さずに来た。


 供回りはセドリック殿と護衛が四騎だけ。狩りの帰りのような軽装で、井戸端の茶店に馬を寄せると、麦湯を頼んだ。誰も、それが閣下だと気づかなかった。茶店のおばあさんは銅貨一枚を受け取り、お代わりまで勧めた。


「良い茶店だ」


 それが、閣下の第一声だった。


「待たされる間に茶が出る宿場と、出ない宿場では、御者の機嫌が違う。御者の機嫌は馬に移り、馬の機嫌は荷に移る。……ロイド・ハーヴェンというのは、お前か」


「は。お初にお目にかかります」


「うむ。セドリックの報告は全部読んだ。だから世辞と前置きは全部飛ばす。儂は忙しい」


 閣下は麦湯を飲み干すと、茶店の縁台に、どっかと座り直した。縁台が軋んだ。熊のような体格の御仁だった。


「競送の式目を発表する前に、お前の顔を見に来た。一つだけ訊く。——お前、なぜ王都に戻らん?」


「は?」


「ヴァルガが沈むのは、もう誰の目にも明らかだ。王都の他の商会がお前を放っておくものか。倍の給金で台帳をやれる。なのに、こんな縁もゆかりもない宿場町で、なぜ茶店と厩の世話をしている。……動機の分からん人間を、儂は信用の帳簿に載せん。申せ」


 まっすぐな問いだった。だから、まっすぐ考えた。


「閣下。荷というものは、止まっている時には値打ちが分かりません」


「ほう」


「蔵の中の砂糖は、ただの白い砂です。それが菓子屋の竈の前に、祭りの朝に届いて、初めて砂糖になります。荷の値打ちは『どこに在るか』ではなく『どこへ、いつ、誰の手で動くか』で決まる。——人も、同じだと思っております」


「ふむ」


「王都の私は、蔵の中の砂糖でした。給金は良くとも、誰の竈にも届いていなかった。この町に来て、初めて分かりました。私の差配は、薬を待つ子供や、冬を越せない果樹園や、二十年車軸を磨いてきた人の所へ届いて、初めて値打ちが出る。……私は、自分の値打ちが出る場所に居たいだけです。それがたまたま、この町でした」


 閣下はしばらく、私を眺めていた。


 それから、熊が笑った。


「がはは! セドリック、聞いたか。『自分の値打ちが出る場所に居たい』と。——気に入った。儂が領地経営で四十年かけて学んだことを、こやつは台帳で覚えおったわ」


「は。ですから報告書に『要確保』と書きました」


「うむ。では式目を出せ」


   *


 セドリック殿が、広場の掲示板に式目を貼り出した。集まった町の皆が、固唾を呑んで読み上げを聞いた。


「『西部街道輸送検分、通称・競送。期日、雪解け月の十五日より三日間。参加、王都ヴァルガ商会、および御用中継所アルバ。両者に同一の三課題を課す』」


「課題一、【量】。穀物二百貫を、ヴェルンから王都の指定蔵へ。先着ではなく、損耗の少なさと帳簿の正確さを検分する。


 課題二、【難】。ヴェルン工房窯の硝子細工一式を、鉱山町の祝賀会場へ。一枚の割れも許されぬ。


 課題三、【急】。期日当日に開示される緊急の荷を、開示から二十四刻以内に指定先へ。中身は当日まで秘匿」


「審判は辺境伯府。検分は全行程公開。両者の帳簿は審判が封印・照合する。……以上だ」


 読み上げを終えると、セドリック殿は一段、声を低くして続けた。


「なお、西部馬車組合連合へは閣下より申し入れ、例の除名審査は競送の結果が出るまで延期となった。検分の最中に紙切れで横槍を入れる者は、閣下がお許しにならん」


 ざわめきの中、閣下は付け加えた。


「言っておくが、儂はアルバの味方ではないぞ」


 広場が、しんとした。


「儂は『届く荷』の味方だ。ヴァルガが届けるなら、ヴァルガを使う。アルバが届けるなら、アルバを使う。御用認可の確認も、競送の結果次第。それが領主というものだ。——不服か?」


「いいえ」


 私は答えた。


「それでこそ、勝つ甲斐がございます」


「がはは! 言いおるわ!」


   *


 閣下の一行が去った後、差配所で作戦会議が始まった。


「課題は三つ。量、難、急。……正直に言います。量と難は、準備で勝てます。問題は課題三です」


「中身が当日まで分からない『急』の荷、か」親方が唸った。「準備のしようがねえ」


「いいえ、親方。中身が分からない荷への準備こそ、中継網の本領です。どんな荷が来てもいいように、馬と、人と、路の選択肢を増やしておく。決め打ちの一本槍はヴァルガの戦い方。選べる十本の細い糸が、うちの戦い方です」


 ガッシュさんが手を挙げた。


「兄ちゃん、一つ気になることがある。王都で妙な噂を聞いた。ヴァルガの親父さん——商会長のガレオンが、息子を差し置いて、競送の指揮を自分で執るとよ」


 来たか、と思った。


「それとな、もっと妙な話だ。ヴァルガはこの競送のために、王都の御者を金に糸目をつけず雇い集めてる。だがその雇い入れ交渉の場に、商会の人間じゃねえ奴が同席してるらしい。——灰色の外套の、書記官風の男だ」


 元栓の使いが、競送の盤面に着いた。


 つまりこの競送、ただの商会対宿場町ではない。二十年前に流れを書き換えた者たちが、もう一度、衆人の前で書き換えに来る。


「望むところです」


 荷は、嘘をつかない。衆人の前なら、なおさら。


お読みいただきありがとうございます。辺境伯閣下、登場。「儂は届く荷の味方だ」——この御方は最後までこのスタンスです。次話は競送前夜、不穏な値付けと、夜の妨害。ブックマーク・評価で応援いただけますと、馬たちの飼い葉が豪華になります!


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