第15話:競送当日、荷は嘘をつかない
本日の荷:穀物二百貫、硝子細工一式、緊急荷(中身未開示)。期日、三日。負けられない理由、二十年分。
競送、初日。
課題一【量】。穀物二百貫、ヴェルンから王都指定蔵へ。
ヴァルガは大型馬車二十台を一列に連ね、王都街道を一気に駆けた。壮観だった。見物人がどよめき、賭け屋の倍率が動いた。
うちは十二台。ただし、三隊に分けた。
「先発、ガッシュ隊! 中継のアルバで馬を全部替えます。穀物は重い。重い荷は『速い馬』より『疲れない馬』です!」
結果から言えば、ヴァルガの二十台は王都の手前で渋滞を起こした。二十台が一度に着けば、蔵の前で荷降ろし待ちの列ができる。馬は待ち、荷は夜露に濡れ、検分官の前で麻袋三つから湿気た匂いが出た。
うちの三隊は、半日ずつずらして到着し、列を作らず、降ろし、検めを受けた。損耗、ゼロ。帳簿の照合、一字の違いもなし。
——課題一、アルバ。
二日目。課題二【難】。硝子細工一式を、鉱山町の祝賀会場へ。
ヴァルガは王都から特注の「硝子運搬車」を持ち込んだ。鋼の板バネに、絹の内張り。金に糸目をつけぬ一台だ。
うちは、籾殻だった。
端切れの小袋に詰めた籾殻が、硝子の杯ひとつひとつを包む。荷箱の隙間にも籾殻。荷台には干し草。そして手綱は、四十年山道を走ったドモス親方。
「揺れの嫌いな荷だ。なら、揺れねえ道を、揺れねえ走り方で行くまでよ」
山道の途中、難所の岩棚で、ヴァルガの特注車は立ち往生した。板バネが良すぎて車体が高く、岩棚の張り出しに幌の枠が閊えたのだ。枠を外す間に半日。焦った御者が砂利の下りで速度を出し——絹の内張りの中で、高価な大皿が二枚、音を立てた。
親方の馬車は、岩棚を、水のように抜けた。
祝賀会場で検分官が籾殻の袋を解くと、硝子は一枚ずつ、冬の池の氷みたいに澄んだまま現れた。割れ、ゼロ。会場の鉱山町の人々から、拍手が起きた。あの薬荷の二日半を、この町は忘れていなかった。
——課題二、アルバ。
そして三日目。課題三【急】。
夜明けと共に、辺境伯府の使者が封書を開いた。
「課題三の荷を開示する。——『王都の王立施療院より要請。流行り風邪の特効薬の原料、東の岬の灯台村でしか採れぬ海藻〈ひいらぎ藻〉、生のまま二十貫。期限、二十四刻。届け先、王立施療院』」
ざわ、と見物人が揺れた。
東の岬。王都を挟んで、こちらとは正反対の方角。しかも生の海藻——濡らしたまま、傷ませず、一日で。
「無理だ」と誰かが言った。「岬まで馬で十二刻、戻りに十二刻。馬を潰しても、海藻が保たねえ」
ヴァルガ陣営は、それでも動いた。ガレオン・ヴァルガの号令で、雇い集めた俊馬が東へ矢のように飛び出していく。単純で、力ずくで、まっすぐな一本槍。馬を乗り潰す前提の継ぎ立てだ。さすがに、読みが早い。
だが、こちらには糸が十本ある。
「ガッシュさん! 馬は東に走らせません。北です!」
「北ぁ!? 岬は東だぞ兄ちゃん!?」
「川です! 北の川港レームから、川を下れば東の海に出ます。海に出れば灯台村は目と鼻の先。そして帰りは——船は、王都の北の船着き場まで直接入れます!」
西部環状線、最後の一辺。この三月、こつこつと顔をつないできた川港の船主たち。
「川舟は速くないわよ!? 間に合うの!?」
「下りなら馬と互角、そして船は——休まず、夜も走れます。馬は二刻ごとに継ぎ立てが要りますが、船は漕ぎ手を舟の上で交代させればいい。それに何より、ティナさん」
私は、荷の本質を言った。
「〈ひいらぎ藻〉は海藻です。海藻を生で保つのに、川の水の上ほど良い荷台はありません」
濡れ筵と川水の桶を積んだ快速の川舟が、レームから矢のように下った。灯台村では、フィオナさん経由で先触れを受けた村の海女衆が、刈りたての海藻を桶ごと待っていた。積み替え、四半刻。舟は夜の川を、漕ぎ手を替えながら上り、夜明け前——王都北船着き場へ。
二十四刻の期限に対し、二十一刻。
ひいらぎ藻は、海から上がった時の冷たさのまま、施療院の薬師の手に渡った。
——課題三、アルバ。三課題、全取り。
*
ヴェルン城前広場での結果宣下は、簡潔だった。
「検分の結果、三課題すべてにおいて、御用中継所アルバの差配が優れる。よって辺境伯府は公式に確認する。——アルバ中継所の御用認可は、有効である」
広場が、割れた。
歓声の中で、ヴァルガ陣営の崩れていく様が見えた。雇われ御者たちは早くも報酬の支払いを巡って摑み合い、王都から来た取引先たちは静かに背を向け、そして、バルド・ヴァルガは——壇上の父親に駆け寄っていた。
「ち、父上、違うんです、これは、あの倉庫番が卑怯な手を……川を使うなど、そんなものは輸送では——」
「黙れ」
ガレオン・ヴァルガは、息子を見もしなかった。
「お前は今日限り、専務職を解く。王都に戻り、謹慎せよ。……役立たずの使い道を間違えたのは、私だがな」
バルドは、口を半開きにしたまま、立ち尽くした。それから、護衛に両脇を支えられるように、広場から消えた。三年間、私の上司だった人の、それが最後の姿だった。
ガレオン・ヴァルガは、それから、ゆっくりと私の前に歩いてきた。
五十八歳。白髪に、仕立ての良い外套。笑っていた。負けた者の顔ではなかった。
「見事なものだ、ロイド・ハーヴェン。……ああ、初対面の挨拶は要らんよ。私は君を、よく知っている」
低い声が、私にだけ届く高さで続いた。
「三年間、君の台帳を毎月読んでいたのは、倅ではない。私だ。君の数字は美しかった。美しすぎて——時々、見えなくてもいいものまで、映してしまうほどに」
「……何のお話でしょう」
「おや、気づいていないのか。それとも、気づいていない振りかな」
老人は目を細めた。蔵の鍵穴のような目だった。
「君を切ったのはな、倅の嫉妬ではないよ。——あれを切ったのは、私だよ。君が『無能』だからではない。その逆だ」
彼は一歩離れ、聞こえよがしの声に戻った。
「競送の結果には従おう。ヴァルガ商会は西部から手を引く。……だが若いの、覚えておきたまえ。流れには元栓がある。元栓は、王都にある。君はまだ、蛇口で勝っただけだ」
ガレオン・ヴァルガは外套を翻し、王都への馬車に乗り込んだ。
その馬車の脇に、灰色の外套の書記官が、影のように控えていた。
お読みいただきありがとうございます。競送三連勝、若旦那失脚——そして本当の敵が、ようやく盤面に着きました。「あれを切ったのは私だよ」。第二章はここまで。次章から最終章「商会長の真実」です。ブックマーク・評価で、どうか川舟の漕ぎ手に声援を!




